プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #2 【ヴァンパイアハンター】 1
時刻にして朝9時頃、アンバーは遅い朝食としてイキシアと一緒にパンとスクランブルエッグを食べていた。場所は家のダイニングではなく、シンシアの(正確には彼女の父親の)食堂だ。
「でも、珍しいよね。アンバーが朝から来るなんて」
朝の仕事に一区切りつけたシンシアが、アンバーの隣から話しかける。
「今日はちょっと……寝坊して」
そう答えて、アンバーは大きな欠伸をした。
「それは余計に珍しいね。何かあったの?」
「私たち、お城に行ってたんだ」
また欠伸をする。
「それで、食事して、ダンスしたの……王子様と一緒にね」
「王子様と!?」
シンシアが驚いて息を呑んだ。
「ちょっと、それって凄すぎない!? 王子様に会うだけでも普通じゃないのに、食事にダンスだなんて……」
「ああ、うん。ジェダイトを捕まえたお礼だとかなんとかで……でも、多分イキシアを呼びたかったんじゃないかな」
アンバーはそう言って、軽く体を伸ばしながら、向かいに座るイキシアを見た。
「イキシアと王女は昔からの知り合いなんでしょ?」
「ええ。ですが、実際にジェダイトを倒したのは貴女です。あの食事会の主賓はアンバーですわよ」
イキシアは奥ゆかしくそう語りながら、自分の皿に置かれたパンをつまんだ。その様子を見て、シンシアは意外そうな表情を見せた。
「随分とご謙遜なさるんですね、イキシア王女」
「そうだよ。いつもだったら『当然ですわ』とか言いそうなのに」
訝るシンシアにアンバーが同調する。
「お二人とも、わたくしを何だと思ってるんですの……」
イキシアは幾分か気分を害したように呟くと、気を取り直すようにコーヒーを一口飲み、それから話を続けた。
「ともかく、王子は貴女に何か話がある様子でしたわ。結局うやむやになってしまいましたが」
「そういえば、そうだったっけ……でも、王子様とは初対面なのに、一体どんな用だったんだろう」
アンバーは腕を組んで考え込んだ。だがどう考えても、適当な答えが出てこない。アンバーはため息をついた。
「何だか最近はおかしなことばかりだな。タンザナさんのことだって、まだよく分かってないし」
「タンザナさんって、あの綺麗なお姉さんのことだよね? 今日はどうしたの?」
シンシアがアンバーの呟きに口を挟んだ。彼女の指摘どおり、この場に他ザナは同席していない。
「あの方も寝坊していますの。すやすやと気持ちよさそうにしていましたわ」
代わりに答えたイキシアに、アンバーが付け足す。
「何回起こしても起きなくてね……朝は苦手みたいなんだ」
「残念。あの人、いっぱい食べてくれるから儲かるのにな」
シンシアはあからさまな本音をこぼした後、ソファーに寄りかかりながら大きく伸びをした。
「……ねえ、シンシア。そんなにのんびりしてていいの? お客さんが他にもいるのに……」
アンバーはそう言って、カウンター席のほうを見た。手前に並び立つスツール席のひとつに、長い黒髪の少女がぽつんと座っている。
「ああ、あの子は泊まりのお客さんだよ。ほら、ウチって宿もやってるでしょ? あの子は昨日の夜中に来たんだけどさ……」
シンシアは話しながら、どさくさに紛れてアンバーのパンをつまんだ。
「……席が空いてるなら店でゆっくりさせてくれって言ってきたんだ。まあ、時々注文もしてくれるし、それぐらいならいいかなって」
「ゆっくりって……一体何をなさるおつもりなのかしら?」
イキシアが怪訝そうに眉をひそめた。
「他のお客様の話を聞くとかじゃない? さっきはパパとも話してたし、そういうことがしたくて旅をしてるんじゃないかな?」
「旅……? そういえば、夜中に着いたって……あんなに小さい子なのに?」
アンバーはもう一度少女を見やった。彼女は座る席から伸ばした足が床に着いていない。
「それはそうなんだけど、ああ見えて結構色々行ってきてるんだって。ここにはヴァンパイアを探しにきたとか言ってたよ」
シンシアはそう言って苦笑した。
「なんだか、その辺は子供っぽいよね。ヴァンパイアなんていないのにさ」
「ふふっ、本当だね。ああ、ヴァンパイアって言えば、イキシアは知ってる?」
アンバーは頬を緩めながらイキシアに水を向けた。
「私たちがジェダイトを捕まえたあのお屋敷って、ヴァンパイアが出るって噂があるんだよ」
「……? ヴァンパイアはいないって分かり切っているのでしょう? なら、どうしてそのような噂があるのですか?」
訝るイキシアに、アンバーが答える。
「子供がお屋敷に近づかないようにするためなんだ。エアリッタってそういう土地でね。私もよくお父さんに言われたよ。『夜遅くまで起きてるとヴァンパイアが出る』とか、『宿題をしないとヴァンパイアが出る』とかね」
「ずいぶんと生活に密着した怪物ですのね……」
「だからすぐに分かっちゃうんだ。ヴァンパイアなんていないって。きっとジェダイトも――」
「あの、少しいいですか?」
「……あっ、はい。何でしょうか?」
アンバーが話している最中、突然声が聞こえ、シンシアが業務的に返事をした。アンバーも会話を切り、声のしたほうを振り向いた。すると、テーブルの脇に、カウンター席に座っていた長い黒髪の少女が立っていた。
「あっ……すみませんうるさかったですか?」
「いいえ、そんなことはありません。ですが……」
少女は謝罪を遮ると、一旦口を閉じ、決然とした目でアンバーの目を見た。そしておもむろに口を開く。
「今、ヴァンパイアって言いましたよね? どこにいるか知っていますか? 探しているんです」
「探してるって……ど、どうして?」
アンバーは思わず聞き返した。突飛な質問をされて完全に動揺した格好だが、少女のほうはまったくうろたえずに、飄々としながら話を続ける。
「私は……ヴァンパイアハンターだから」
そう答えると、少女は静かに右手を差し出した。
「初めまして。私の名前はカーネリアといいます」
「……わ、私はアンバー。アンバー・スミスです」
カーネリアの名乗りを聞き、アンバーは慌てて自分の名前を答えた。そして、差し出された手を握ろうとしたとき、彼女の首から下げられたペンダントに目が留まった。金属チェーンのネックレスに、大きな十字架のアクセサリーがついているもので、どことなく神秘的な雰囲気を醸し出している。だが、そのペンダントの真の姿をアンバーが知るのは、まだ先のことだった。
続く