プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#2 【叡智の姫君】 1
「……そんな態度はもうよせ。いい加減に顔を上げてくれないか」
玉座に座るアキレア王子は、彼の前に恭しく頭を下げていた2人の姫君に半ばうんざりしたような声をかけた。
「王子、礼節というのは常に欠かしてはならないものです。それこそがが人の人たる由縁なのですから」
2人の姫君のうち長髪のほうが、頭を下げたまま毅然とした言葉で答えた。
「つまり、『親しき仲にも礼儀あり』ということですね。相変わらずフローラ姫は是々非々としていらっしゃる」
隣の短髪の姫が、これに同調する。彼女のほうは顔を上げたため、縁の青い眼鏡をかけた顔がアキレアの目の前に晒された。
「インカローズ、君は分かっててやっているんだろう?」
「と、言いますと?」
溜め息まじりのアキレア王子に、インカローズと呼ばれた姫は挑戦的に微笑んでみせた。
「その口振りでは、まるで私が王子をからかっているかのようではありませんか」
「実際そのとおりだろう」
頭を下げたままのフローラ姫を横目に、アキレアはインカローズとの会話を続けた。
「今までは顔を会わせても精々が握手を交わす程度だった。それがなんだ。急にかしこまったりして」
「ですが、昔と今とでは王子と私たちの関係は変わっています。あなたはそのように玉座に座り、私たちは腰に剣を差し、跪いている」
「それを分かっていてやっていると言うんだ」
要領を得ないインカローズの口調に、アキレアは片眉を上げた。
「私はまだ正式に王位を継いだ訳ではない。こうして玉座にいるのも、あくまで便宜上のものだ。それが分かっているから、君たちは闘いへ参加しに来たんだろう?」
「ああ、そこまで見破られていましたか。さすがに王子は利発な方でいらっしゃる」
「もういい……君は好きなようにしろ」
一向に態度を改めない様子のインカローズとの会話を諦め、アキレアはフローラへと向き直った。
「それで……君はいつまでそうしているつもりだ」
「……」
フローラは俯いたまま答えなかった。
「挨拶はもう終わったことですし、下がるように言われてはどうですか?」
「……フローラ、もういい。下がってくれ。君の検討を祈る」
インカローズの助け船にアキレアが応じると、フローラはようやく顔を上げた。
「寛大なお言葉に感謝いたします。アキレア王子」
フローラはそれだけ答えると優雅に立ち上がり、インカローズのほうへと向き直った。
「ごきげんよう、インカローズ。貴女の行く手に幸多からんことを」
「健闘を祈りますよ、フローラ」
プリンセス同士の別れの挨拶を交わすと、フローラは踵を返し、決然とした足取りで玉座の間から出ていった。
「……相変わらず堅苦しい人だ」
「アキレア王子、いない者を悪く言うのは礼節に欠ける行いですよ」
アキレアが思わずこぼした呟きを、インカローズが嗜めた。
「……君は下がらないのか? もう私をからかいきった頃だろう?」
煮え切らない態度のインカローズに対し、アキレアは怪訝な視線を向けた。それを見て、インカローズは愉快そうに微笑んだ。
「私は他に用事がありまして……もしよろしければ、今日もお邪魔させていただけますか?」
「……ああ、図書室か。構わないよ。しかし、君も好きだな。ここに来る度に寄っていくじゃないか」
「『学問は一日にしてならず』ですよ」
インカローズは得意気にそう答えると、しなやかに立ち上がり、玉座の間から立ち去ろうとした。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
その途中で、何事かを思い立ったアキレアが呼び止める。
「今日は図書室に先客がいるんだ。君の邪魔をするとは思わないが、それでもよかったかな?」
「ええ、構いませんよ。そんなところではないかと予想していましたので」
「……何だって?」
「なんでもありませんよ。では、ごきげんよう」
意味深な言動に戸惑うアキレアに後ろ手を振りながら、インカローズは立ち去っていった。
2へ続く