プリンセス・クルセイド #2 【太陽のプリンセス】4

 チャーミング・フィールドに降り立ったアンバーは、自分の感覚をすぐには信じられなかった。目の前には草原が広がり、湖も見えた。ここまでなら何ら問題の無い風景だ。しかし所々に立ち並んでいる石柱には、奇妙な違和感があった。何かを支えるために立っているのでもなければ、等間隔に立ち芸術性を醸し出しているわけでもない。途中でひび割れ、折れているものさえ少なくない。不可解な物体はこれだけではない。湖の上空には、おおよそ現実世界ではお目にかかれない代物が浮かんでいる。階段のように上空へと連なる、寝心地の良さそうなベッドだ。しかし、アンバーの関心は別のところにあった。

「前に来た場所と……違う?」

 訝りながらも、アンバーは歩き出した。辺りは不気味に沈黙し、時折そよ風が草原を撫でるように吹く。しかし、イキシア王女の姿が見当たらない。

「一体どうしてこんなことに? チャーミング・フィールドって……」

「チャーミング・フィールドは、プリンセスがそれぞれの魔力を最大限に発揮するためのフィールド……」

 突然声がして、アンバーは身構えた。すると、一番近くの石柱の影からイキシア王女が現れた。

「魔力は人によって違う。一人ひとり異なるのは自明の理ですわ」

「じゃあ、このフィールドは……」

「そのとおり」

イキシア王女が剣を構える。

「私のホームグラウンドですわ」

「……そういうことか」

 アンバーはイキシア王女を見据え、剣を構えて息を細く長く吐いた。緊張する腕の筋肉をほぐすようにして腕を僅かに前後に動かす。

「良い構えですわね。その佇まい、一番槍の栄誉に違いませんわ」

 イキシア王女の顔に不敵な笑みが浮かぶ。アンバーの呼吸がわずかに乱れ、腕にも力が入る。

「行きますわよ……武芸十八般、槍術!」

 イキシア王女の叫び声とともに、彼女の聖剣が輝いた。光を宿した刃が伸び、柄も変形していく。やがて光が晴れ、王女の聖剣は槍に変わった。

「槍が……どうして?」

「さあ、覚悟なさい!」

 槍を手に、イキシア王女がアンバーに向かって突進してきた。アンバーは咄嗟に構えを解いて飛び上がった。しかし、またしても高く上がりすぎてしまい、しばらく宙を泳いで手近にあった石柱の上に着地する。

「また飛んだ……? そういえば、昨日もこんなことが……」

 下を見下ろすと、イキシア王女が空振りに終わった槍を振り回して構え直していた。その動きは、まるで演舞のように煌びやかだが、攻撃が当たらなかったことには変わりない。

(よく分からないけど……ここからなら槍は届かないから大丈夫。私には、斬撃波? ってやつがあるし……)

 敵の攻撃の届かない内に、決着を付けてしまえばいい。漠然とした思いを胸に、アンバーは自らの剣を眺めた。

「武芸十八般、砲術!」

 その時、イキシア王女の叫びが響き、槍が光り輝いた。槍は形状を変えていき、砲身の長い銃の形を取る。

「なっ……また形が?」

「一発で仕留めますわ!」

 イキシア王女が銃を構え、呆気にとられるアンバー目掛けて発泡した。咄嗟に屈んだアンバーの右肩を、光の弾が掠める。

「ああっ!」

 アンバーは思わず肩を抑えた。痛みは一瞬で消え、出血もしなかったが、嫌な予感がする。視線を肩に移してみると、やはり弾が掠れた部分が黒ずんでいた。試しに腕を上げてみようとしたが、明らかな違和感がある。これは、ジェダイトと闘った時の感覚と同じだ。痛みも出血もないが、怪我を負うと体の自由が奪われる。

「外しましたか……では、もう一発!」

「うわっ!」

 イキシア王女が今一度構え直したのを見て、アンバーは逃げるように飛び上がった。その直後、それまで足場としていた石柱の上を光の弾丸が通過する。

「逃しませんわよ!」

 手近な石柱の上に着地したアンバー目掛け、イキシア王女が移動しながら銃を唸らせた。

「うわわっ!」

 アンバーは再び飛び上がり、また別の石柱の上に着地した。やはり先程までいた石柱の上を、光の弾丸が通過する。アンバーはそのまま飛び石のように石柱を渡ってひたすら逃げ回ったが、併走するイキシア王女の銃は常に彼女を捉えていた。やがて湖の付近にまで到達し、石柱の道が途絶える。

「もらいましたわ!」

 走り込んできたイキシア王女が、足でブレーキをかけながら引き金に手をかけた。不安定な姿勢でありながら、その狙いはアンバーを捉えて離さない。

(まずい!)

 アンバーは王女から視線を切り、湖の方を見た。上空にはベッドが階段のように連なっている。石柱からの距離はさほどでもないが、高さが家の屋根ほどもあり、飛び移るのは困難に思えた。しかし、迷っている暇は無い。

「ハイヤーッ!」

 アンバーは目を閉じ、一か八か飛び上がった。やがて背後で銃声が聞こえ、足からは柔らかい感触が伝わった。そのまま勢いを止められずに顔から倒れると、優しい肌触りの布地が頬を撫でる。どうやら上手く銃弾を躱し、ベッドの上に乗ることができたようだ。

「……あのベッド、邪魔ですわね。一体誰があんな物を?」

(あ、貴女のフィールドでしょう?)

 背後から聞こえる王女の訝しがる声に、アンバーは心の中で呟いた。閉じていた目を開いて周囲を見渡し、イキシア王女の姿が見えないことを確認すると、ベッド端の柵へと注意深くにじり寄る。柵を握り、上から頭を出して下を除き見ると、こちらを見上げていたイキシア王女と目が合った。

「貴女、なかなかに滅茶苦茶な魔力をお持ちですのね。そんなところまで飛び上がれるなんて」

「そっちこそ、さっきから聖剣が槍になったり銃になったり……何なんですか!」

「何でもなにも、これがわたくしの聖剣の力ですわ」

 そう答えたイキシア王女の手元で、銃が光り輝いた。すると、その形状がまたもや変化し、柄の先端に鎖のついた鎌が現れる。鎖のもう片方の先には、分銅が付いていた。

「武芸十八般、鎖鎌術!」

「また変わった!」

「はっ!」

 驚くアンバーをよそに、イキシア王女が分銅を振り回し、上空に向かって投げつけてきた。アンバーは柵から離れて身を隠したが、ベッドに分銅が巻き付いてくる。

「……でえりゃあ!」

 およそプリンセスらしからぬ声でイキシア王女が叫んだ。すると、鎖鎌が勢いよく引っ張られ、みしみしと音を立てて徐々にベッドが傾いていく。

「う、嘘でしょ……」

 思わず反対側の柵にしがみついたアンバーの頭上に影が差した。見上げた視線の先には、きりもみ回転しながら空中で姿勢制御を行うイキシア王女の姿。手元に握られた鎖鎌が光り輝き、またも姿を変える。ベッドに巻きついていた分銅も姿を消した。

「おはようございます……ねぼすけさん」

 そう言って着地したイキシア王女の手には、薙刀が握られていた。

「武芸十八般、薙刀術。さあ、ウォーミングアップはここまでにしましょう」

 イキシア王女の顔には、不敵な笑みが宿った。

5に続く


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