プリンセス・クルセイド #8 【決着の刻】 3
夜遅く、エアリッタの郊外にある屋敷の前に、3人の女性が集まっていた。
「あいにくの月夜ですわね」
茶髪の女性、イキシアが空を見上げて恨めしそうに呟いた。彼女は普段の煌びやかなドレスではなく、黒を基調とした体にフィットするタイトな服に身を包んでいる。
「でも、綺麗な月ですよ。満月が近いようですね」
薄紫の髪の女性、タンザナが月を眺めながら答えた。彼女の服は普段と変わらない。ゆったりとしたスタイルのエキゾチックで魅惑的な服装だ。
「イキシア王女、少し質問があるのですが……」
赤毛の髪をしたメノウがイキシアに話しかけた。彼女の服装も普段通りだが、革製の中性的な服は元からかなり地味で目立たない。
「なぜこんなに遅くまで待ったのですか? 一刻も早くアンバーを助け出したいのではないのですか?」
「日中、街中でお酒を買うジェダイトの部下を見ましたね?」
「ええ、確かラリアという方でしたね。アンバー様のご友人のお店をだるまにしようとした不届き者です」
「……だるま?」
代わりに答えて憤慨するタンザナに。怪訝な視線を向けたあと、メノウはイキシアを見た。イキシアは軽く首を振り、注意を再び屋敷に向けさせる。
「ともかく、今夜は宴会だったのでしょう。今頃は皆酔い潰れて寝ているか、起きていてもまともな状態ではありませんわ」
「成程……ですが、問題はどうやって侵入するかですね」
「ええ、そのとおりですわ……」
イキシアは屋敷を見上げながら呟いた。ここがジェダイトのアジトだということは、彼女の部下であるシトリンから聞いて分かっている。しかし、この中がどうなっているのか、どの部屋にアンバーが囚われているのかは分からない。玄関の扉はここから見えるが、裏口の位置や、そもそもそういったものがあるのかどうかさえも不明だ。
「悩みどころですわね。いっそ正面から突入してしまいましょうか?」
「……では、二手に分かれましょう。私は裏口から参ります」
タンザナは出し抜けにそう言うと、それで話は終わったとでも言いたげに、屋敷を回り込むようにしてすたすたと歩き出した。
「ちょっと、タンザナ?」
「道を知っているんですか?」
「……」
驚くイキシア達にも答えないまま、タンザナは歩みを止めずに二人から遠ざかっていく。その足取りは何かに導かれているようで、どこか言い知れぬ神聖さすら感じさせた。
「……仕方ありませんわね。タンザナの案を採用しましょう。わたくしが彼女を追いかけますから、貴女はその間に正面から行って下さい」
「大丈夫ですか? 彼女が裏口に向かっているとは……」
「まあ、その時はその時ですわ。少なくとも、逃げ出したわけではないでしょうし……」
イキシアは不安げなメノウの胸を軽く叩いた。
「貴女の実力ならば、陽動くらいは出来るでしょう?」
「……分かりました。王女もお気を付けて」
「当然ですわ。では、ごきげんよう」
イキシアはそう答えると、タンザナを追って駆け出していった。
「……やはり王女には敵わないな」
イキシアの姿が見えなくなってから、メノウはぽつりと呟くと、屋敷の正面へと移動した。玄関前の階段を駆け上がり、扉の取っ手に手を触れたあと、一瞬躊躇する。
「確か……この屋敷には何かいわくがあったような……何だったかな?」
しばらく思考を巡らせたが、やがてアンバーの顔が思い浮かび、メノウはもう一度扉に手をかけた。そして試しにゆっくりと開いてみると、扉に鍵がかかっていないことが分かった。
「なんだ……? 開いているのか? 不用心だな」
あっさりと屋敷内への侵入に成功したメノウは、紅い絨毯の敷き詰められたホールへと足を踏み入れた。ホールの天井にはシャンデリアが吊るされ、前方には上へと続く大きな階段があった。その中段に一人の女性が座り、右手にボトル、左手にグラスを持って酒を楽しんでいるのが見えた。
「……なんだ、出迎えは一人か?」
「……ん? へへぇ……やっときたんだぁ……」
その女性——ラリアは声をかけてきたメノウの姿に気付くと、不気味な笑みを見せた。
「おそいよぉ……まあでも、おかげでたくさん飲めたからぁ……いいのかな?」
よく見ると、ラリアのいる段より下の段には、空になったボトルが数本散乱していた。どうやら、彼女はここで宴会を楽しんでいたらしい。辺りに立ち込める酒の強烈な匂いが、メノウの鼻をつく。
「……これは罠か? わざと私を中に入れたのか?」
「えへへ。そうかもねぇ。アレクサンドラはぁ、ここでみはってろぉって言ってたけどぉ……お頭がぁ、酒飲んでていいって言うからさぁ……」
警戒するメノウに、ラリアは呂律の回らない舌でのらりくらりと答えた。そしてボトルとグラスをその場に丁寧に置くと、腰に差していた聖剣を抜き放つ。
「みはれって……アンタをだよねぇ? じゃあ、ここからしょーぶ……?」
「……望むところだ」
剣を構えて挑発するラリアに応えるように、メノウも自らの聖剣を鞘走らせた。たとえ罠だろうが、自分とジェダイトの仲間と1対1の犠牲になるならば悪くはない。いざ闘ってしまえば、イキシアにも状況が分かるはずだ。
「覚悟しろ。あっさりと決着を付けてやる」
メノウは身構え、挑戦的に微笑んだ。
「えへへ……それは私のせりふ……かなあ?」
ラリアは負けじと一瞬冷淡な視線を向けたあと、メノウに向かって斬りかかった。そして刃が交じり合うと、二人の体は光に包まれ、やがて跡形もなく消えていった。ホールには、空になったグラスとボトル、そして充満する酒の匂いだけが残った。
4へ続く