プリンセス・クルセイド 第3部「ロイヤル・プリンセス」#1 【波乱を呼ぶ来訪者】 1
「……もう一回言ってもらえますか?」
リビングに通した正体不明の来訪者2名を相手に、アンバーは警戒気味に尋ねた。
「えっと……どこからお話すればよいでしょうか?」
「最初からでお願いします」
「そ、そうですか……」
アンバーが有無を言わさず断言すると、来訪者の1人である少年はあからさまに困惑した表情を浮かべつつも、改めて話を始めた。
「えっと……突然お邪魔して申し訳ありません。私の名前はジャスティン・グリュックス。姉のイキシア・グリュックスがこちらでお世話になっているとお聞きしたのですが、姉はどちらにいますでしょうか?」
「……イキシアの弟さん? そ、それってどういうことですか?」
このアンバーの驚き方も含め、ここまでは初回の会話とまったく同じ流れだった。その後、しばしの沈黙が流れたのち、ジャスティンが隣に座っていた従者の女性の肩に手を置いて合図した。
「あっ……その、つまり、ジャスティン様はマクスヤーデン国の王子だということです」
「キララ、きっとそういうことじゃないと思うよ」
焦って説明する従者を、ジャスティンが笑いながら嗜める。ややぎこちないが、ここまでも先程と同じ展開だ。
「もしかして……姉はここにはいないということですか? 可愛らしい看板娘のいる鍛冶屋にいると聞いたのですが」
「……か、可愛らしい看板娘? あの、申し訳ありませんが……あ、いや、もういいです」
アンバーはここで口を噤んだ。この後はまた彼女の『もう一回言ってもらえますか』に繋がるので、このままでは会話が永遠に終わらない。
「すみませんでした。まさか、イキシアに弟さんがいるなんて考えたこともなかったので」
「ええ、よく言われます」
仕切り直したアンバーの言葉に、ジャスティンは苦笑した。
「きっと姉は、自分のことなんてろくに話していないのでしょう。そういうのは面倒臭がる人ですので。それに、姉と違って私は他国にまで名が知れ渡っていませんからね」
「あ、いえ、その……」
「いいんです。本当のことですので」
答えに窮するアンバーを、ジャスティンは穏やかに制した。
「それよりも、やはり姉はここにいないのですか?」
「はい。残念ながら、もう出かけて――」
ようやく話が進展しかけた時、突然玄関のドアが開いた。
「あら、ジャスティン。いらっしゃい」
現れたのは、茶髪の見目麗しい女性だった。彼女はジャスティンに一言声をかけると、そのままアンバーの隣に腰掛けた。
「何か用ですの? それともただ遊びに来ただけ?」
「姉さん、実は悪い知らせがあるんだ」
「悪い知らせ?」
「姉さんの戦っているプリンセス・クルセイドの――」
「いや、ちょっと待って……」
勝手に話を進めようとする姉弟を、アンバーが制した。
「あのさ、イキシア。弟さんがわざわざ国を出てここまで来てくれたんだよ? もっとこう……違う反応があるんじゃない? ほら、驚くとかさ」
「……アンバー、あなたは一人っ子のようなので分からないかもしれませんが……」
会話を邪魔されたイキシアは、面倒臭そうに返答しながら腰に差していた聖剣を脇に置いた。
「弟の顔を見たからといって、いちいち心が動かされるようなことはないのです……ああ、キララへの挨拶がまだでしたね。ごきげんよう、キララ」
「あっ……ご無沙汰しております、イキシア王女!」
従者のキララが立ち上がり、慌てて頭を下げた。
「キララ、いつも言ってますが、そこまでかしこまる必要はありませんのよ……それでジャスティン、悪い知らせというのは?」
「姉さんの戦っているプリンセス・クルセイドに、新たな挑戦者がやってくるらしいんだ。姉さんも知っているあの人達――」
「ロイヤル・プリンセス」
ジャスティンの言葉をイキシアが引き取った。彼女の顔に不敵な笑みが浮かぶと同時に玄関のドアが勢いよく開かれた。
「失礼。呼び鈴を鳴らしたが、どうにも返答がないみたいでな。勝手に開けさせてもらった」
現れたのは、黒いドレスを身に纏った吊り目の女性であった。彼女のドレスの脇には聖剣が差されており、イキシアはその剣と彼女の顔とに視線を走らせてから、静かに呟いた。
「ルチル……」
「久しいな、イキシア・グリュックス。何年ぶりだ?」
「去年の……あなたの国の建国記念日以来ですわ」
「そうか。意外と久しくはなかったな」
女性はしなやかな足取りで入室すると、イキシアの隣に立った。
「さて、こうしてロイヤル・プリンセスの私がわざわざ来てやったんだ。やることはわかるだろ?」
「ええ……もちろんですわ」
ルチルに呼応するように、イキシアは脇に置いた自らの聖剣を引き寄せた。そして立ち上がると同時に剣を抜き、同じく剣を抜いたルチルと刃と刃を合わせると、交差した箇所から光が溢れ出し、2人のプリンセスは戦いの場へと誘われていった。
2へ続く