イヤホン握りしめてこれからもあなたと越えていくんだ
キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで歩いてきた
25歳のとき、うつ病になった。
何ら変わりのない朝、ベッドから起き上がることができなかった。
その何週間か前、なんとなく自分に違和感を感じて心療内科を受診していたので、幸い行く当てはあった。先生に「これはうつ“状態”ですね」とすでに診断を受けて投薬治療は重ねていたが、そもそも限界が近かったのだろう。
いつもなら自宅を出発する時間だ。
あっという間に、10分、20分、始業時間が迫っていく。
ああ、会社の携帯が鳴っている。
わかってはいるのに。
ぽっかりと空いた穴に落ちてしまったかのように、何も動くことができない。
何時間か経って、本能が「このまずい状況」にアラートをあげているのがわかった。
最後のごとく振り絞った気力で病院にたどり着き、診察を受ける。弟に連絡すると奇跡的に休みだったようで近くまで来てくれた。
もう、脳と行動がちぐはぐだ。携帯電話を道路に投げつける。神経が「触りたくない」と拒絶している。このまま川にすべてを捨ててしまいそうだったので、所持品は弟に持ってもらった。突然叫んでは突然泣き出す。自分が自分じゃなくなっていった。
次の日から、地獄の日々が始まった。
音も、光も、人との接触も、何もかもがだめになった。接触すると吐いてしまうから、遮光カーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、時間が過ぎるのをひたすら待った。夜になると暴れてしまうので、手にはたくさんの傷ができた。処方される薬も強くなった。家事も手につかない、お風呂にも入れない、そんな生活がしばらく続いた。
正直、ほとんど覚えていないんだ。
当時からTwitterで繋がってた人はわかるかもしれないけれど、「こわい」とか「いやだ」とかそんなことしか呟いていなかったと思う。
覚えているのは、真っ暗な部屋、カーテンの下の隙間から差し込むほんのちょっとの光と、泣きながら布団をかぶる私の姿だけ。
記憶がないまま、駅のホームで保護されたこともあった。
生きたいとか死にたいとか何にもなくて、なるがままに時間が過ぎていくだけだった。
半月くらい経って、人と電話で話せるようになった。
仕事でご一緒した他社の人たちが、申し訳ないくらいの心配をしてくれた。病院までの送迎をしてくれたり、段ボールで食品を送ってくれたり、家の近くまで来て外に出られるようにリハビリをしてくれたりした。
それからさらに半月。
部屋のカーテンは少しだけ開いた。
それでも人との接触にはまだまだ耐えられなくて、泣きながら電車に乗ったり、泣きながら買い物をしていた。傍から見たらみっともないのは重々にわかってはいるけれど、それが精いっぱいだし、私のだせる勇気だったんだ。
音楽。
何もかもを拒絶しながら立ち向かう私へ、そばにいてくれたのが『音楽』だった。
両耳から流れる音楽は、私を世界に一人ぼっちにしてくれた。
ただ日が暮れて、ただ明けるのをくり返す毎日に、付き合ってくれた。
何を聴いたかはやっぱり覚えていない。
でも、エレカシやウルフルズやサンボマスターやピロウズや銀杏や、今まで出会った音楽たちが、倒れるしかない私の両足になってくれたんだ。
起き上がれなくなる前の月、祖父が亡くなった。
小さい頃から同居をしていた祖父は両親同然の大切な存在だったのだけれど、葬儀に行くことは許されなくて、せめてもと供花の手配で出勤を遅らせてほしいことを社長に伝えたら
「私にそんなことをわざわざ言うな。虫唾が走る」
って怒鳴られた。
虫唾が走るって言われたのは、人生であのときだけ。
母に頭を下げて、大好きな祖父の葬儀代を借りて、会社経費の立替要求に応じる経験もきっともう二度とない。
あなたは覚えているかな。
こうやって一生残るんだ。
そんな傷をたくさん私たちにつけたんだ。
両耳を音楽で塞ぐのは、思い出したくないこういう現実から逃げるためじゃない。
優しすぎる私が、
あなたのやったことで自分を責めないように。
あなたからのことばで泣いてばかりいないように。
あなたからされたことを他の人にしないように。
塞いで、足元をちゃんと確かめて、歩く道を決めるためだ。
私の人生に責任を持ってくれるのはあなたじゃない。私だ。
だから、音楽を聴いて、世界に一人ぼっちになる。
あなたに決められてたまるか。
自分を愛していい。
自分を愛してくれる場所にいたらいい。
私の両足になってくれた『音楽』は、そんな場所に向かって歩いてくれた。私に気付かせてくれた。
今は、一人ぼっちより二人ぼっちだ。
別の世界でよく似た一人ぼっちをしてた夫と結婚したから、お互いにもうこれ以上は傷つかなくていい。
真っ暗な場所から、両耳を塞ぎながら光を探した何千日。
また見失いそうなときがきたら、二人でイヤホンをするんだ。
ほら。
聴こえてきたFunny Bunnyを一緒に口ずさめば、今までの人生間違いじゃなかったと思えるね。