デンマークで学んだカッコイイ先生のあり方
ある先生が、生徒を家に連れていく。
生徒も、その先生に教わりたいことがあるから
家に行くことを楽しみにしている。
だから、生徒が授業を休まなければいけない。
それを聞いて「そーなんだー」と思った。
あんまり気にしてなかった。
最初の頃は、授業を休むと聞くと理由次第で
「え、授業休むの?」って思ったけど、
いちいち気にしていたら体力が持たない。
日本が厳しすぎなのかもしれないし、
なんかモヤっとはしているけれど、
そんなもんなんだろうなと、
受け入れるように努力をしようとした。
「この生徒、今日うちに連れて行くから、
授業に行かないです、よろしく!」
と先生から、授業を持っている先生に伝えていた。
そうしたら授業担当の先生が
「わたしたちもクラスのために準備をしてきた。
しかも出発の1時間前に言うって、おかしくない?
(授業に行けという立場の)先生を介して
欠席を許可するってよいことじゃないとおもう。」
と意見を言っていた。
感動した。年齢はこっちでは関係ないかもしれないけど、
日本人感覚をどうしても持ち合わせているわたしは
20歳年上の人にこんなに言えるなんて、すごいと思った。
「計画を立てたのが悪いって言ってるんじゃないの。
こっちに選択権がなかったことが、違うとおもう。
でも今更行くのを中止して!という気持ちもない。
ただ生徒に”休んでいい”と思わせることを
するべきではないとおもう。
わたしは正しいことをしたいだけ。
あなたを責めたいのではない。でももしここで
言わなければ、それを認めることになる。
言わなかったら、それを当たり前のこととして
捉えられるのがイヤなので声をあげている。」
とも言っていて、状況を変えるために
意見をしているのではなくて、
自分の意見を主張するために意見をしていた。
わたしは心にモヤつきがありつつも
前も同じことしてたひといたしなーと
みないふりをしていたことだったので、
それを指摘してくれてスッキリした。
でももしかしたら、こういう状況だから
それを「ゆるい」とか「自由」だと
履き違える人がいるのかもしれない。
この担当の先生は、たまたま口にする勇気と
つよく気高い心を持っていたから
「おかしいよ」って伝えてくれたけれど、
こんなひとばかりではない。
日本人にありがちなのだけれど、
デンマークは自由だー!と言って
授業に遅れてきたり、
体調不良以外の理由で休んだりする人がいる。
たしかにそれをしているデンマーク人生徒もいる。
だって日本みたいに先生から
口うるさく言われることもないからね。
でも、言われない、怒られないからと言って
その価値観が大事にされていないわけではない。
当然先生が「体調不良じゃなくても休んでいいですよ」
と明言したことはないし、
遅刻してくる人たちや
メンタル不調と怠惰の境界線を引きづらい人たちに、
先生軍は気づいている。
口うるさく言ってくれて、
何がなんでもルールを守らせようとする日本って
うっとうしいときもあるけれど、
よっぽど親切なのかもなとおもったり。
「気が乗らないから」と言って休むのが
悪いと言っているのではない。
境界線がわからなくて、
頑張りすぎてしまうひとをたくさん知ってるし、
それによって生徒は、
自分たちが尊重されていると
感じているのかもしれないから。
じゃあ、先生のことは?
先生は尊重されなくていいのか?
たくさん準備してきた時間労力は?
楽しませようと思った気持ちは?
疲れてましたーって休まれる気持ちは?
先生が疲れないとおもってるの?
厳しく言われないことは自由なのか。
それが自由だったとして、
じゃあルールは破っていいのだろうか。
まあ最後はルールとかじゃなくて
個人に帰ってくるよって話でしかないけれど
この一件を通して、
わたしは問題を問題としてとらえることを
避けていたことにも気がついた。
だって問題視したら、解決するために
何かをしたり、
誰かに意見を言ったりしなきゃいけないから。
それをする勇気がないから
「受け入れる」なんてテイのいい言葉で
何もしていなかった。
正しくないとおもうことに意見を言う勇気。
正しいとおもうことを貫く勇気。
口にしなければ、その場は治まるかもしれない。
誰かの反感を買わずに済むかもしれない。
でも自分から
大切な何かがなくなってしまうリスクも
秘めている。
30歳になった今だから言えることだけれど、
それはひとに嫌われるよりも怖いことだ。
自分に正直にいるために
周りに対しても正直でいる。
そんなふうに、
涙が出るほどカッコよく生きていきたい。