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主人公の弱さがリアル/スティーブンソン『びんの悪魔』

ど〜も〜
此島このもです!

今日はR・L・スティーブンソンの『びんの悪魔』という短編をご紹介します。

この本ね〜、とにかく人物描写が見事なんですよ。はじめて読んだとき「こういう人いそう……ていうか絶対いるじゃん! 実話じゃん!」と興奮しました。

なんかね、人間の心というものがものすごくリアルに書かれているんですよ。記事タイトルには主人公の弱さだけを取り上げて書きましたが他キャラクターもすごくリアルです。

作者のスティーブンソン、聞き覚えあると思ったら『ジキル博士とハイド氏』の作者なんですよね。ああ納得。あれも人の心に焦点を当てた素晴らしい作品ですもんねえ。

『びんの悪魔』は『ジキル博士とハイド氏』よりはハッピーエンドですが、見ようによってはなんかえぐくないか……? と主人公夫婦の行く末にハラハラする私がいます。

最初は、薄くて文字も大きい本なので子供向けだと思い軽い気持ちで読み始めました。しかしいまはこの本の魅力にどっぷり囚われております。さあみなさんもリアルな人間の心の弱さを覗きに行きましょう💁‍♀️


ストーリー

まずストーリーをご紹介しますね。

主人公のケアウエという男はある日「小びん」を手に入れます。そのびんは地獄の炎で溶かして固めたもので、中に一匹の小鬼(悪魔)が入っています。

びんにはいくつかルールがあります。

  1. びんの持ち主は、望むものはなんでも(愛や名声やお金などなんでも)欲しいと口にするだけで小鬼の力によって手に入れることができる。

  2. ただし、もしも死ぬときにそのびんを所有していると永遠に地獄の炎で焼かれてしまう。だからびんを手に入れた人は願いを叶えたあとは死ぬ前に手放さなければならない。

  3. しかしそのびんは硬貨による売買でしか所有者の交代ができない。

  4. さらに所有者は自分が買った値段より安い値段で売らなければ手放せない。

  5. 3と4のルールに従わず手放そうとしても、びんは自分のところに勝手に戻ってきてしまう。

(話は違いますけど「不思議な力」が出てくる話って不思議な力に制約……ルールがあるとグッと面白くなりますよね。オバケや化け物が出てくる話でも彼らは何かしらのルールに縛られていて、そのルールをうまく利用することが逆転の糸口だったりする。わくわくします)

ケアウエは50ドルでびんを買いました。そして夢に見た豪邸を手に入れたあと、びんをすぐに手放します。

ところが、素敵な女性を見つけ結婚も決まり、今が人生の絶頂! とウキウキしている中、とんでもないものを見つけてしまいます。

それは自らの身体に発現した恐ろしい伝染病の証でした。この病にかかった人は遠く離れた島に隔離された生活を送らねばなりません。

ケアウエは愛する人コクアと結婚しともに暮らすために再びびんを手に入れ、健康な身体を手に入れます。

しかしなんということでしょう。ケアウエが「愛のため」と思って購入したびんの価格は1セント。それより小さな単位の硬貨はケアウエの知る限りありません。もう彼はびんを売ることができないのです。

そのため、輝くような豪邸で愛するコクアとの暮らしが始まっても、ケアウエは毎日悲しみにくれています。彼は妻の前では明るく振る舞っていましたが、とうとう無理していることがバレてしまいます。

妻に事の次第を語ると、妻コクアは「フランスのサンチームはセントより価値が低い。1セントは5サンチームくらいになる。だからフランス領のタヒチへ行って4サンチームで売ればいいのだ」とケアウエを励まします。

こうしてケアウエとコクアはタヒチへとびんを手放す旅に出るのです。

ところが全くびんは売れません。

安すぎるのでそもそもびんに不思議な力のあることを信じてもらえないのです。

信じてもらえたとしてもびんのルール2番、死ぬときに所有していると地獄の炎で焼かれてしまうことを説明すると買いとってもらえません。

さあケアウエはどうなってしまうのでしょうか? 無事にびんを売れるのでしょうか?

という物語です。


リアルな人の心は弱い

ここからは私がリアルだと感じた人の心の動きをご説明します。

私がこの本の中で人間の描写がリアルだと感じる箇所はいくつかあるのですが、最も心を揺り動かされたのは83頁、びんを手放すことができたケアウエが、それを妻コクアに語るシーンです。

実はこのとき、コクアが愛する夫のためにとびんを密かに買い取っていたのですがケアウエはそれを知りません。地獄の炎に焼かれる絶望で何も言えない妻に気づかず一方的に喜びを語り、何も口にできない妻にかまわず朝食を平らげます。

まあそうなりますよね。苦しみが去ったことによる喜びが大きくて、妻の細かい様子に気をつかっていられないことは私にもわかります。

でもそのあとですよ。

ケアウエはびんを買った人は愚かだと笑うのです。
そこでコクアは「いいことをするためだったのかもしれない」と言いますが、ケアウエは鼻で笑い更にびんの購入者を馬鹿にし続けるのです。

うーーーん、これもわからなくは無い。自分の身から大きな不幸が取り除かれて気が大きくなっているのでしょう。だからついつい調子に乗って他人を馬鹿にしてしまった。まあわかる。

そのあと、コクアはケアウエをいさめます。他の人を破滅におとしいれて自分は助かるなんて恐ろしいことだ。私には笑うなんてできない。私はあわれなびんの持ち主のために神様に祈る。そう言いました。

コクアがびんの所有者であることを知らないケアウエは、彼女の正論にカッとなります。「おえらいこって!」と叫び、それは良い妻のすることではないとなじり出かけてしまいます。そして最終的に酒に逃げます。

この展開よ〜〜〜〜つらあ〜〜〜〜!!!

つらいけど絶対こういう人いますよね?!?!

妻の正論に耐えきれなくなりカッとして家を出る夫。酒浸り。いるいるいるいるーーーー!!!!!

もうここまでくるとケアウエを擁護できないんですよ。今までは不幸が消えたら気が大きくなるよねとか共感できたんですけど、妻の正論にイラついて飲んだくれる夫はヤバイ。私のヤバイ男センサーが警報を鳴らしています。今を乗り越えてもその人やばくない? もしコクアが友達なら心の配です。

そしてその男が主人公。
うーん。容赦ない。リアルさはピカイチだけど。絶対こういう人いるけど。

この話のこういう容赦ないところがね、子供向けじゃなくない???? と思わせるところなんですよね〜。このリアルさ子供はわからないのでは…?


さあそしてここまで来たら「もう夫婦の仲もコクアもダメじゃない? ここからどう解決するの…?」と思われますよね?

それは是非ご自身の目で確かめて頂きたいんですけど、ここからの最後のびんの買い手も、「ああこういう人いるいるいるーーーーー」ってすっごくリアルなんですよ。いるんですよこういう人。います。断言しちゃう。
(で、私はこういう人いる! と思いつつも読んでいる最中はこうなる可能性を微塵も考えていなかったんです。それは作者がわざとこの可能性に思い至らないように読者をコントロールしていたんだろうなと思っています。そこがすごいよスティーブンソン)

他にも、結婚前ケアウエが病を治すためびんを買い求めるシーン。1セントで買い取ればもう後がない、それでも愛のためにとびんを買い取ったケアウエが、いざ病が消えるとコクアのことより今度は地獄が怖くて怖くてたまらなくなるところなどもリアルだなーと思います。

人ってそんなふうに目先の不安(コクアと結婚できない)を解消するために動くときには将来の不安(地獄の炎に焼かれる)が小さく見えるものですよね。
借金を返すために別のところから借金する人などを思い出します。


ということでね、とにかくリアルで見事なんです。登場人物の動きが。
本自体は子供向けっぽい見た目なんですけれど、このギャップにやられて大好きな本になりました。

(最後は子供向けらしくケアウエとコクアはずっと幸せに暮らしていると締めくくられていますが、私はこれ本当か? と疑っています。ケアウエは違う場面でも酒に逃げてコクアを不幸にしたんじゃないの? と思うのですが……まあそこはフィクションだから、この終わり方でいいんだろうという気もします。一から十までリアルにする必要もありませんしね)


さてこのように私がリアルだと思う人物描写を長々と書いてきましたが、一番気に入っているのはそんな弱さむき出しのケアウエが主人公であるところかもしれません。

ケアウエは冒頭に勇気と行動力のある人物と書いてあります。

子供向けの本っぽい描写ですよね。

でも主人公であるからといって容赦は一切ありません。勇気と行動力のある主人公ケアウエの弱いところずるいところがリアルに書かれてしまうんですよね。

主人公は聖人君子ではないただの人間です。そこが良いなあって思うんです。


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