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Le vent se lève, il faut tenter de vivre.|2020年6月13日の日記

「たまには遊びにおいでよ、車で迎えにいくからさ」と母が言うから、今日は両親の住むマンションに遊びに行った。

4月、定年を迎えた父が転勤を終えて東京に戻ってきた。合わせてすこしリフォームしたらしい。もともとわたしの部屋だった場所は父の部屋になって、ギターが置いてあった。

一息つくとメロンが出てきた。「このみ、昔メロンをこうやって食べてたよね」と母が言って、昔のビデオをつけた。3歳のわたしは、フォークを変な握りかたして、一生懸命メロンを口に運んで、おいしいおいしいしてた。父も母も若かった。

ビデオを見終わったあと、母が夕食を準備する音を聞きながら、畳の部屋で眠った。トントンやジュージューの合間に、時々もぐもぐが聞こえてきてちょっとかわいい。途中でタオルケットをかけてくれた。目が覚めたあとは父の部屋にあったギターを弾きながら、転職や引っ越しの話をした。

「転職と引っ越し、いっぺんにやろうとすると、きっとものすごいストレスだから、時期をずらしてひとつずつやりなさい」と父。

父の読んでいる雑誌はプレジデントの『孤独を100倍楽しむ』。映画とか観ればいいのに。42年働いても孤独、かと思うとしんどい。ずっと働いてたから孤独なのかな。

これからやらなきゃいけないことを考えるとすでにストレス。病院で「ストレスをためないように」って言われることもストレス。病院ばっかいって、必死で生きて幸せなのって一瞬。一瞬のために生きられるか? 

「生きるのって大変だなあ。だからわたしは子どもを産まない」

うっかりつぶやいてしまった。傷つけたかな。父がまだ練習中でこっそり弾いているというギターを、わたしは思うままに鳴らす。上手でしょといわんばかりに。ひどいかな。

やっぱりしんどいよ。いつまでも誰かが守ってくれたらどれだけいいだろう。誰かじゃなくて自分を頼りに生きていけるように、面倒をひとつひとつ投げ出さず丁寧に取り組む作業は果てしない。でもやろうね、夕食のとき父がつけたテレビで、宮崎駿が「堪る限り力を尽くして生きねば」っていってた。わたしは風立ちぬがすごく好きだよ。

夕食のあと、部屋を片付けていたら、昔祖母が着ていたオーダーメイドのワンピースが出てきた。わたしのために作られたようなサイズの、真っ白なレースのワンピース。着たまま、帰りは電車で帰った。あんまりにも可愛かったから、駅でかなしくなって涙が出たとき、人がやさしくしてくれた。駅で泣くなよな。堪る限り生きねば、涙が出る、風が立つ、手を握ってよ。

急に雨が降ってきた時の、傘を買うお金にします。 もうちょっとがんばらなきゃいけない日の、ココア代にします。