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MAYBE 〜糸電話〜
第1話
部屋の電気をつけて、肩にかけた職場用のバッグをおろす。
間阿真亜(しずおか まつぐ)19歳。
精密機器の会社の事務に就いて3年目になる。
会社から帰りつくとすぐ、MAYBE( SNS)をひらく。MAYBEでタイムラインにビート(投稿)すると、フォロワーさんからの返信や"いいね"がくることがある。
今日も昼休み最後にビートしたつぶやきに3人のフォロワーさんが"いいね"と返信をくれていた。
【ビート】
まあ(わたし)
「今日は先輩が旅行のお土産でクッキーくれた!美味しかったよぉ♪」
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MAYBEでは「まあ」
【返信】
ナッキー
「昼休みにティータイムか☕️クッキー美味そう!俺甘いもの好きなんだけど⋯、くれ〜!」
ナッキーは32歳男性、作家志望のフリーターで同性愛者。金髪にマスクのアイコンで、通称 : お調子者。軽くノリがいいのと、持ち前のポジティブさで皆の希望の星。
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ドラコ
「なぁんか、そのクッキーついでに頼まれごとでもしたんじゃないのぉ?」
ドラコは高校2年生女子、成績優秀、クラスでは人気ありそうな話がよく出てるけど、本人はさっぱり興味なし。わたしより年上のように人間関係について知ってたり、たまに毒舌な日も。
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小夜子✡
「そのクッキーを食べた時、向いてた方角であなたの運勢は決まるね* 南東か、東なら良いけど、それ以外ならヤッバイよぉ笑」
小夜子✡は45歳主婦、中学生の息子がいるらしく、それでも深夜1時頃飲みながらビートしてくることが多いので「1時の母」とか呼ばれてる、自称 : 世界一の占い師。
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みんなそれぞれの個性出てる返信だ(笑)
わたしは仕事の疲れも吹きとぶ思いで、クスクス笑いながらそれぞれにお返しを打つ。これ、いつものルーティン。
でも、今日はあと2人からの返信がない。(代わりに深夜にビート気味の小夜子✡さんは15時すぎ頃に返してる)
あと2人というのは、飴玉・女子(おそらく学生さん)と、K氏・男性18歳短大生のこと。
先の3人(ナッキー・ドラコ・小夜子*)と、この2人(飴玉・K氏)がFF(お互いフォロー)してる間柄で、わたしもよくこの5人のビートにリプを返す。
飴玉は両親の不仲に悩んでて、「つらい」ってビートが多いからいつも気になるし、K氏は引っ込み思案ぽい性格で、いつも穏やかな話し方だから、わたしのちょっと癒し。
わたしはMAYBEというSNSを「糸電話」のように思ってる。
互いの持つ紙コップを長い長い線でつないだ電話のように、相手の顔や真実はわからないけれど、届く言葉はいろんなその人らしさを伝えてくれる。
職場には仲良しの先輩がいたり、たまにお茶を飲みに出掛ける幼馴染や友人もいるけど、MAYBEでやり取りする仲間には、この世界にしかない不思議な絆を感じる。
さっとお風呂と夜ご飯をすませて、またMAYBEを覗く。
誰かなにかビートしてないかなぁ。
とくに飴玉とK氏。10分ほどいろんな人のビートを読んでいたけど、退屈になって自分でポツンとビートする。
【ビート】
まあ
「今日なにかいいことあった?」
つまらないこと聞いちゃったかなぁ?なんて、思いつつリプを待つ。すぐにナッキーとドラコから"いいね"がつく。
【返信】
ドラコ
「あったあった!先週のテスト2教科100点いってた」
まあ
「えっっ!凄すぎる!!2教科?100?普通じゃないよもう笑」
ドラコ
「変人扱いするんじゃないよ笑」
ナッキー
「バ先(バイト)の先輩の悩み聞けたんだよ!好きな女のことだけど」
まあ
「それ、失恋てこと?全然よくないじゃないじゃん!」
ナッキー
「悩みを言ってくれただけで幸せだよ。それだけ心開いてくれたってことだからな」
まあ
「それはそうだけど、大丈夫…?」
ナッキー
「いつものことだよ。心配無用」
K氏
「今日、面接受けたバイト先から内定きた」
まあ
「えっ!!凄い!!!よかったねぇ。良いとこそうなの?」
K氏
「うん、有難う。工場の製品出荷の仕事。製品を包んだり、送り状貼ったりとか。まだよくわからないけど、週3だし、やれそうかな」
まあ
「じゃ、ちょっと忙しくなるね。頑張ってね!」
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結構みんないいことがあったんだ。聞いてみてよかった!それにK氏もリプくれた。元気でよかった。
その時、飴玉のビートがポツンと上がった。
【ビート】
飴玉
「また親が喧嘩してる。しんどい」
あぁ、またしんどそう。飴玉にとっては今日はいい日じゃないのか。
【返信】
まあ
「今日も激しめ?しんどいね」
飴玉
「自分の部屋で耳塞いでる。もう、宿題やんなきゃ」
まあ
「宿題 Fight!」
いろんな今日があるけど、わたしにとってはどうだったのかな?
果鈴さん(職場の先輩)に、一緒に旅行に行ったという果鈴さんの彼氏の話を聞いたけど、本当にいい人で聞いてるだけでこっちまでその優しさにトロけそうだった。
あのふんわり可愛い系果鈴さんの彼だもんなぁ、そりゃそうか。
楽しい旅行中のエピソードを聞いてるだけで、自分も行ってるみたいにわくわくできた。
それ以外、特になんの変わり映えもしない1日だったかな。
そう思いながら知らない誰かのビートを眺めていた時、ふいにポツンとK氏からのリプが入った。
【返信】
K氏
「まあ は今日どうだったの?いいことあった?クッキー以外に。」
びっくり
尋ねたら返ってきちゃった!
しかも、癒しのK氏 !?
んー、なんて返そう?特になかったっていうのもさびしいな。
まあ
「先輩の話で旅行行った気分になったのと、あと、こうしてビィ友(MAYBE友達)とやり取りできること。毎日楽しいよ!」
そこまで張り切っていうことだったか、とも思ったけど。じつは本当に、1日の中で手放しで楽しいのって、こうしてる時間。仕事中はやっぱりどこかずっと緊張してて神経が張り詰めてるから。
K氏
「それ、俺もだよ」
あぁなんか、嬉しい。
K氏って、真面目で素朴でなにか目立とうとすることも言わない人だから、このやり取りが楽しいって言われてるようで、意外だった。いつも感情の話なんてしないし、なんだかホッコリ。
でも、K氏ってビィ友多いのかも?そこはよくわからない。いろんなやり取りがあって、癒されてる。わたしだって、そうだし。
まあ
「本当に、ビィ友がいるから元気出てるってくらいかも。言いすぎかな?笑」
すると、次の瞬間すぐにK氏から"いいね"がついた。
K氏
「俺は、まあ のビートが元気の素って感じだよ!あ、言いすぎかな?💦」
⋯え
それ、どういう意味…?
まあ
「言いすぎって、笑 でも、ありがとう! そんなふうに言われることないから嬉しい!!」
K氏はわたしのそれに"いいね"をつけてからリプを終えた。
なんだか、とても心が暖かくなった。
今日のわたし、いいことひとつ有り!
小夜子✡さんの言ってた、クッキーを食べた方角が良かったのかな?笑