ありがとう。【短編小説】
「ねぇ、家の方向、こっちなの?
一緒に帰ろう!!」
「え、あ、、うん…。」
初めて声をかけてくれた君は、僕よりも背が高くて、髪が短くて、なんだかかっこ良くて、でも
とても可愛らしい、笑顔が素敵な女の子。
クラスの中でも人気者で、彼女のまわりにはいつもたくさん人が集まっていた。
そんな彼女が、転校してきたばかりの僕に一番
最初に声をかけてくれた。
「どこからきたの?」
「何が好き?」
「前の学校ではどんなことして遊んでた?」
人見知りで上手く話せない僕の言葉にも、落ち着いて耳を傾けてくれた君。
本当は話しかけられたの嬉しかったし、お礼が言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。
「へー!そんなに遠くから!」
「本読むのが好きなの??
すごいねー!私はあんまり得意じゃないから、
いい本あったら教えてよ!」
「あー!それうちの学校でも流行ってるよ!
今度みんなでやろう!」
彼女の話す言葉と笑顔には、人を引きつける力があった。帰り道がこんなに楽しかったのはこの時が初めてだった。
「じゃあねー!また明日ー!!」
分かれ道で笑って手を振り、かけ出す君。
そっか、明日も会えるのか。
初めて学校に行くことが楽しみだと感じた瞬間。
初めて人と話す楽しさを知った瞬間。
初めて女の子に「素敵だな」と思った瞬間。
何人もの人を魅了する君の言葉と笑顔。
僕も例に漏れず、その『何人もの人』の中の一人になってしまった。
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それももう、十年前の話なんだ。
同窓会。
久しぶりに会った君は、髪が伸びてて、花のように品があって、僕よりも随分背が小さくなって…いや、それは、僕が伸びたのか。
あの時よりもさらに素敵な『女性』になっていた。
「久しぶりー!元気にしてた??」
「子どもの写真??見せて見せて!」
変わったところもあるけど、変わってないところの方がずっと多くて安心した。
その言葉と笑顔は、あの時から全く変わらず周りの人を魅了する。
その『周りの人』の中には、相変わらず僕も含まれている。
話しかけてみようかな、、いや、絶対忘れられてるって…。
一緒に帰ったことはあるけど、学校の外で遊んだことは一度もないし、特別仲が良かったわけでも、家が近かったわけでもない。
…やめておこう…いい思い出のまま、心に残しておこう。
そう思って会場を出て歩き出すと、聞き覚えのある言葉が心地よく耳に届いた。
「ねぇ、家の方向、こっちなの?
一緒に帰ろう!!」
懐かしい。
そうだ。こんな気持ちだった。
いや、、でも、たまたま、たまたまだよな。
絶対偶然だって。それが頭をよぎった瞬間、
聞いたことのある言葉の後に、当時は聞かなかった六文字が耳に届いた。
「久しぶりに。」
君のそんな恥ずかしそうに笑う顔、初めて見たよ。
勇気を出して声をかけてくれたことが伝わってくる。
もしかして、あの時もそうだったのかな。
昔も、今も、僕は君の言葉に救われた。
だから僕も、あの時は言えなかった五文字を、
今度は自信を持って伝えるね。
「○○○○○。」
外はとっくに真っ暗で少し肌寒かったけど、そんなことは全然感じないくらい、二人で笑いながら駅までゆっくり歩いた。