映画「惡の華」~本当の自分とは何なのか
山々に囲まれた閉塞感に満ちた地方都市。中学2年の春日高男は、ボードレールの詩集「惡の華」を心の拠り所に、息苦しい毎日をなんとかやり過ごしていた。ある放課後、春日は教室で憧れのクラスメイト・佐伯奈々子の体操着を見つける。衝動のままに春日は体操着を掴み、その場から逃げ出してしまう。その一部始終を目撃したクラスの問題児・仲村佐和は、そのことを秘密にする代わりに、春日にある“契約”を持ちかける。こうして仲村と春日の悪夢のような主従関係が始まった…。
仲村に支配された春日は、仲村からの変態的な要求に翻弄されるうちに、アイデンティティが崩壊し、絶望を知る。
そして、「惡の華」への憧れと同じような魅力を仲村にも感じ始めた頃、2人は夏祭りの夜に大事件を起こしてしまう…(公式HPより)
思春期の頃の物語は観ていてなんだかムズムズするし、自分自身もなんだか気恥ずかしくて思い出したくない年ごろの話なので、あまり好きではない。
惡の華も初見のときは、最初の30分はもう観ていらなかった。
伊藤健太郎のビジュアルも好きな身としては、
さすがにそのカツラはないでしょうとか…。
ただ30分を過ぎた頃からどんどんこの世界に吸い込まれた。
教室で伊藤健太郎演じる春日が自分の内に秘めたものを認め、
壊れていくシーンで呑み込まれた。
仲村演じる玉城ティナの人間離れした綺麗さに目が奪われた。
リーガルリリーの曲が二人を包み込む。
破滅への一歩なのに笑いあう二人の表情がたまらない。
出会ったことはない。
そして、春日が作った隠れ家に仲村を連れて行ったシーン。
「これが一番残酷なことだからだよ」
とつぶやく春日の目。
仲村の言葉に一喜一憂し、陶酔する表情。
伊藤健太郎は天性の俳優だと思う。
いろいろな俳優さんの作品を見てきたけど、
ここまで引き込まれる俳優さんに出会ったことはない。
伊藤健太郎と玉城ティナでないと
この作品は成立しなかたのではないかとすら思える。
20歳過ぎた俳優さんたちにわざわざ中学生をやらせなくともと思ったが、
この役はある程度経験を積み、実力を高めてきた俳優さんでなくてはできなかったのだと思う。
脱いだ時の伊藤健太郎のガタイの良さはどうしても中学生には見えなかったけど…そこは目をつぶる。
わずかな楽しく幸せな中学生らしい夏休みのあと、二人は破滅の道を進んでいく。
社会に居場所がない二人。
思春期にはほとんどの人間が感じる感覚でありながら、やり過ごしていくうちに大人になり、受け入れていく思い。
仲村は不器用すぎてやり過ごすことができなかった。
春日は仲村にさえ出会わなければ蓋をできたのに、出会ってしまった。
この二人の関係性は不思議。
春日には仲村に対する恋愛感情はない。
依存?
でも守りたいという思いもある。
彼女を一人にはしたくはなく、
彼女の進む道がたとえ破滅の道であっても添い遂げようとする思い。
恋愛感情よりも深いのかもしれない。
仲村が春日に対して恋愛感情を抱いていたのかはよくわからない。
春日よりはあったと思う。
でもそれも恋する気持ちとは全く違う。
恋ってキュンキュンするものですもんね。
もし仲村に一瞬でもキュンキュンする感情が生まれたとしても、
彼女は瞬殺しただろう。
祭りの櫓から春日を突き落とした仲村は、春日を守りたかったのか。
ただ誰にも邪魔されず自分一人だけで向こう側に行きたかっただけなのか。
最後は春日ですら拒否したのか。
観る側の角度によって受け取り方が異なるだろう。
それがこの映画の描き方だと思う。
高校生となり思春期を抜け出しつつある世代。
春日は前に進もうと過去を振り返る。
おそらく一人ではできなかった。
残酷なように見えて背中を押す佐伯と寄り添う常盤がいたから。
過去を告白して受け入れてくれる常盤を伴い、
仲村と再会することにより、春日は思春期という感情を過去のものとして、
未来へと進んでいく。
春日って…結局女性に左右されているよね。
春日は「僕は空っぽなんだー」
と叫ぶけど、確かにって思ってしまう。
でも人ってそんなものなのかもしれない
よく「本当の自分」っていうけど、実は春日のように中身がないから、
周囲のものを吸い込みながら自分というものを形成しているだけなのかもしれない。
春日は常盤と普通の世界に帰っていったけど、
仲村はどうなったのだろう。
惡の華は中毒性が高い。
観るたびにこういう受け止め方もあるなと
新たな発見があるから、やめられない。
余談ですが、メイキング映像もとてもよかった。
極寒の中裸で雨のシーンの撮影、冬なのに夏祭りだからタンクトップ、
冬の海に飛び込まなければならない。
寒さなんて微塵にも感じさせず、
惡の華の世界に向き合い演じる真摯な表情に
頑張る若手俳優さんたちの姿が垣間見ることができる。
スタッフさんたちの頑張り、チームワークの良さなどもとても感じられる。
芸能界って煌びやかな世界に見えるけど、実は泥臭いと思う。
若手俳優さんがちやほやされて浮かれるなんてありえないって思うし、
わずかなシーンでも膨大な時間とキャスト・スタッフさんたちの努力、
こだわりが積み重ねられている。
常に結果も求められる、厳しい世界。
だから素晴らしい作品が生み出されていく。
それを観ることができるのは幸せ。