けんかなんかしとらん
二十歳の頃、とても狭い部屋に父母と三人で住んでいた。ある日、休みだったか夜勤明けだったか、父も家にいて、家の中はきな臭い気配で充満していた。
そのうち父と母が言い争いを始めた。ああまたかいやだなと思った。おそらくわたしが生まれる前からこのふたりはこのように互いを攻撃しあい、今に至るまでそれを延々と繰り返してきたわけだ。父はギャンブルに依存し、母を虐待してきた。母は父が傷つくようなことを平気で言い、わたしを虐待し、高額で無用な物品を買うことで家計を破綻させてきた。そしてわたしは直接の暴力にも面前DV*にも無抵抗で、ただ辛抱するだけ、心の底で父母を憎悪するだけ、漠然と(早く家を出たい)と思いながら実行に移せずにいる意気地なしだった。――何と愚かな家族。
父母の争いなどまさに日常茶飯事だったのに、その日はどういうわけか猛然と怒りが湧き上がり、涙がぼろぼろ出てきた。感情が爆発して吐きそうになった。その時生まれてはじめて、父母に面と向かって声を出してしまった。
「いつまでそうやってけんかばっかりしてんの。うちがおらんようになってもずっとこうやっていがみ合うてるつもりなん」
父と母が同時にわたしの顔を見た。その瞬間わたしの顔は怒りと憎悪から転じて恐怖で蒼白になっていたのではないかと思う。親に対して差し出口をきいた報いに、ふたりから何をされるかわからないと思った。常々母が受けていた暴力が自分に向けられるのではないかという恐怖。
父はわたしから目を逸らした。
「けんかとちゃうわ。そんなもん、何も、わしゃけんかなんかしとらん。」やや憮然とした声だった。そして母はそれを聞きながら、わたしに対してなぜかうっすらと卑屈な笑顔を浮かべて、どういう意味なのか、うん、うん、とわたしに頷いてみせている。
わたしは心底驚いた。返ってきた答えは暴力ではなく「はぐらかし」だった。それにしても大人がこんなにあっさりと事実を否認するとは思わなかった。そんなことはしていない。そんな風に親を見ているお前の方がおかしいというのだ。それも夫婦して、常日頃あれだけ互いを悪く言い合っているのに、こんな場面でだけ息をぴったり合わせて。阿呆らしさに涙も止まった。夫婦というものがまったくわからなかった。わかりたくないとも思った。そして(これからもう二度と両親に対して本音を言うまい、心を開くまい)と思った。
*四十年ほど前のこの時期、「面前DV」ということばはなかった。現象を短いことばで言い表すために、ここに使わせてもらった。