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失われた陰影

美というものは常に生活の実際から発達するもので、
暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、
いつしか陰影のうちに美を発見し、
やがては美の目的に添うように陰影を利用するに至った。
事実、日本座敷の美は全く陰影の濃淡によって生まれているので、
それ以外に何もない。

『陰影礼賛』谷崎潤一郎

夏の日盛り
家の中は陰影がいっそう濃かったことを想い出します。
黒光りする廊下はひんやりと冷たく
濡れ縁の向こうに見える庭は
痛いほどの眩しさ。
光が強いほど影は濃くなる
この単純素朴な事実が
夏という季節の認識として記憶されました。
蝉時雨と白むほどの日射し
薄暗がりのなか
静まりかえった障子と畳
その境を
中和するように風鈴が鳴る。
夏の風情を
そういえば見かけなくなった、
「酷暑」と呼ばれる
最近の夏に。


写真:魚住心


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