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第一回 福井歴史探訪の旅~2015年取材の記録~
皆さんは福井県に行ったことがありますか。筆者は過去三回、歴史コミックの取材で訪れたことがあります。一回目は2015年7月に「由利公正」で、二回目は2017年8月「松平春嶽」、そして三回目は2018年7月「藤野先生と魯迅」です。由利公正のあと2016年に「橋本左内」を上梓したのを含めると福井が生んだ歴史上の人物を四人も描かせていただきました。
今回は当時を懐かしく振り返りながら、2015年の取材でたどった道のりを写真と本稿のカットで紹介していきたいと思います。
最初に訪れたのは三岡八郎(のちの由利公正)が藩命により建設した火薬局(鉄砲や弾薬を製造する工場)の跡地です。写真右の白い建物の奥に人知れず大きな石碑と立て看板がたたずんでいました。左側は九頭竜川です。(コミック版 日本の歴史「由利公正」第一章より)
草に覆われていましたが、地形がわかったのでイメージしやすかったです。火薬を扱うので、やはり水場に近いところに建てたのでしょうね。
次に向かったのは福井の中心部です。この時、福井県は由利公正公を大河に!というキャンペーンを展開していて、あちこちにのぼりが立っていました。写真奥に銅像も見えます。
足羽川の土手です。ここは同シリーズ「橋本左内」でも使わせていただきました。(「橋本左内」第一章より)
橋本左内が橋の下で貧しい人たちを看病するシーンはこの周辺をイメージしました。(「橋本左内」第一章より)
名所がこの一帯に集中しているのがよくわかる案内板です。福井にお出かけの際はぜひ参考になさってください。
幸橋から北西にしばらく歩いて行くと、由利公正と坂本龍馬が日本の将来について語り合ったという莨屋(たばこや)旅館の跡地があります。(「由利公正」第三章より)
莨屋旅館跡から足羽川を越えて南下すると福井のパワースポット足羽神社があります。幕末の偉人たちも数多く足を運んだのでしょうね。
福井県庁(福井城址)の北東に位置する養浩館庭園は、旧福井藩主・松平家の別邸を整備したもので、格式高い建築様式を体験できます。
福井県庁に戻ってきました。お堀の側に復元図のプレートがありました。(「由利公正」第三章より)
お堀の側には由利公正と横井小楠の像があります。同シリーズ「横井小楠」で初めて福井ゆかりの幕末明治の偉人を描いたので、由利公正のお話が来たときは何か運命的なものを感じたものです。(「由利公正」第五章より)
お城の跡地に県庁が建てられているのは福井だけかと思ったら佐賀や茨城もそうだったんだなぁと後で知りました。でも見た目は福井が美しいです。なにしろお堀に囲まれた石垣の上にドーンですもんね♪(「橋本左内」第三章より)
この後、福井市立郷土博物館、福井県立歴史博物館、福井県立図書館および併設二館を取材させていただき、貴重な文書や公正公ゆかりの品々を拝見しました。あらためて取材にご協力いただいた関係者の方々に御礼申し上げます。
――で、福井ゆかりの人物伝を描いたり、福井城址の山里口御門櫓に筆者が描いたキャラクターのディスプレイが展示されるなどのご縁で、2021年に「ふくいブランド大使」を拝命しました。期限付きですが、またお役に立てるとうれしいです。
【第二回 福井歴史探訪の旅~2017年取材の記録~ に続きます】