3秒.音の探求者 / 金曜日の秒針
【 3秒.音の探求者 】
一人の部屋で。
サーという水道の音とか。
何かが何かにゴンとぶつかる音とか。
コツっと間違えたノックみたいな音とか。
気になり始めてから考えていた。
どうして気になるのか。
それが分からない事にイライラしてか、私は夜中の暗い部屋で、スナック菓子だのナッツだのを食べるようになった。
それでやっと気がついた。
ボリッ、ガリッと自分の歯が食べ物を砕く音を聞くと、とても落ち着く。
そうなのだ。
音だけが聞こえて、その音を立てているものがはっきりしない時。
私はイラつき、不安になり、いやむしろ冴えてしまって、それはきっと私の野生の感覚なのだ。
周囲から聞こえてくる音が、隣人に由来するものだと野生の感覚が記憶に定着するには、あまりに期間が短すぎる。
だがいつも何かを食べているわけにはいかない。
それで先ず思いついたのは防音だが、それを部屋の全面に施工するのはあまりに高価で、代わりに防音ブースを購入するとしたら、それはあまりに狭い。それに空調の音までは消せない。
そこで、ノイキャンのヘッドフォンを試したり、高価な耳栓を使ったが、その装着感の煩わしさに嫌気がさして、直ぐに使わなくなってしまった。
でもそれは無駄ではなかった。
私は購入した製品を分解し、小さな集音マイクとスピーカーを設置型につなぎ変え、集音と音量を調整するボリュームを付けて、それを部屋の両方の壁に設置し、その中間地点にリクライニングチェアを置いた。
そしてそれは思いの外上手く機能した。
ほんの1メートル範囲くらいの空間だけだが、そこでは音が消えるのだ。
しかも予想外の発見があった。
発話した自分の声も逆位相相殺されるのだが、結果として自分の声が自分の耳から、あるいは内側から聞こえてくるのだ。
その声を聞いて初めて、いままで聞いていた自分の声が、他人が発した声のようだったと思い至った。
私はその小さな楽園に安住する事で、不用意に目覚める自分の野生を飼いならす事に成功し、満足だった。
だがそれで。今度は逆の事が気になり始めた。
音のないもの。存在している事は感じるが無音のもの。
それは自分の心臓だった。
そこで私は聴診器を購入し、それで自分の耳と胸を繋いだ。
ドッドッという鈍い音。
呼吸に従う肺の音。
そして貝殻を耳に当てた時の血流音。
全部ここにあると分かっていたのに、無音だったそれらの音を確かに聞いて、私は深く満足した。
だがそれも長続きしなかった。
在ると分かるのに無音の存在。それがまだある事に気付いてしまったからだ。
それは精神とか、自我とか、意識とか。そんな呼び方をされている総じて私という存在。
だがどうすれば、私は自分の精神の音を聞くことが出来るのだろう。
そしてもしもそれが聞けたなら、それはどんな音だろう。
聞いてみたくて仕方がない。
自分の精神の音を。