見出し画像

何か事情があったんだな

誰かに対して、怒りや悲しみの感情が湧いてきたとき、僕はまずこう思うようにしている。

「何か事情があったんだな」

と。

何か事情があったんだな。

自分の心を平穏に保つ、魔法の言葉だ。

僕は、自分の心をいつでも波風立てずに平穏に保ちたい。

それは、ポジティブ方向にも、ネガティブ方向にも、どちらにも偏らないという意味で。

怒りや悲しみといったネガティブな感情だけでなく、喜びや幸せといったポジティブな感情にも。

どちらにも支配されない自分でいたい。

それを助けてくれるのが、「何か事情があったんだな」という魔法の言葉だ。

お店をやっていると、理不尽なことが起こる。

なぜか口が悪いお客さんだったり、マナーを守らないお客さんだったりがいる。

僕は、それを悪いとは思わない。

責めようとも思わない。

なぜなら、僕の接客態度も、人によっては嫌だなと感じることがあるかもしれないからだ。

どこかでミスをしているかもしれないからだ。

もちろん、僕の中で全力を尽くしているつもりだが、ひとそれぞれ正義が違う。

分かりやすいところでいうと、色々話しかけてくれる店員を優しいなと思う人がいる。

一方で、そっとしといてほしいと思う人もいる。

この話に限らず、人の価値観は千差万別で、人それぞれに正義としているものが違う。

だから、僕の主観で態度がよろしくないな、というお客さんを責めるのはフェアではない。

もちろん、他のお客さんに迷惑がかかるようであれば、その限りではないが。

とかく、良い悪いは人の主観に依りすぎるので、怒りや悲しみの感情に支配されるのは滑稽というか、損をしているなと思う。

だから、自分が誰かに対して苛々しそうになったり、傷つきそうになったときは、

「何か事情があったんだな」

と、心の中で唱える。

そうすると、その人の背景が想像されて、そういう態度になっても仕方ないなと思えてきて、怒りがすっと静まっていく。

だから、笑顔で対応できる。

例えば、うちではランチはスパイスカレーしか出していないのだが、

「えー?カレーしかないの?」

と、眉をひそめて言われたとする。

ちょっとイラッとしてしまいそうな場面だ。

そんなとき、心の中で「何か事情があったんだな」と唱えてみる。

そうすると、何か仕事で上手くいかなったとか、箪笥に小指をぶつけたとか、友達と喧嘩をしたとか、そういう何か理由があってむしゃくしゃしていたんじゃないかという想像が膨らむ。

んー。

そもそも苛々していて、その吐口としてつい口にしてしまったのだな。

ちょっと、逆にこの人が可哀想かも。

と、心を落ち着けることができる。

こういう場合、極端に逆方向の想像をするようにすると、事実(かもしれないこと)に幅ができてとてもいい。

何かこちらに対して悪意でもあるのだろうか?と思ってしまったとする。

その場合、思いっきり逆方向に、たとえば、身内に不幸があったのかな?離婚寸前の夫婦喧嘩でもしたのかな?と考えてみる。

(どちらも演技でもない想像だが、あくまで想像なので許してほしい。)

そうすると、そういった状況の人が、ちょっとよろしくない態度を取ってしまうのは仕方がない。

むしろ、よくそれで済んでいるな、とびっくりするくらいなのだ。

こちらに対して悪意がある。

身内に不幸があった。

どちらも、僕の中の空想でしかなくて、ということは一番最初に想起された、こちらに対して悪意があるというのも、また想像なのだ。

思い込みなのだ。

何か状況証拠があったとして、それは単なる推論にしか過ぎない。

例えば、いつも自分に対してだけ当たりがきついとか。

だとしても、いつも何かしらその人の周りで苛々の原因が起きているという可能性も、可能性としてあり得る。

その人に聞いてみない限り、どちらの可能性も可能性として残るのだ。

そう考えると、なんで最初にあんなにネガティブに捉えてしまったんだろう?と不思議になる。

結局のところ、他人の感情はどこまでいっても想像でしか推し量れない。

だとしたら、それに一喜一憂しているのは、何とも滑稽である。

「何か事情があったんだな」

くらいにフラットに捉えたほうが、精神衛生上、自分にとってもいいし、相手にとってもいい。

なぜ僕がここまで心を平穏に保ちたいかというと、それが一番自分が幸せに生きられるストラテジーだと思うからだ。

思うというと頭で考えているような感じがするが、どちらかというと直感に近い。

無意識レベルで、それが幸せになれる在り方だと感じている。

心を平穏に保ち、どんな事態にも揺るがない。

そんな強い心を持ちたい。

というよりも、しなやかな心と言ったほうが心持ちとしてはいいかもしれない。

折れないように踏ん張る、というよりは風に煽られながらも揺ら揺らとして受け流す、みたいなイメージだ

左から突風がふけば、

「何か事情があったんだな」

と、ひらりと受け流し、右から突風が吹けば、

「何か事情があったんだな」

と受け流す。

この言葉は魔法であり、万能薬だ。

どんなに風当たりが強くても、この言葉さえあれば心を穏やかに保てる。

このコーヒーとても美味しいです!

と言われても、「何か事情があったんだな」と返しておけばよい。

それはちょっと悲しいか……。

もう少し、素直に受け取っていいかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!

今野直倫
良かったらサポートしていただけましたら幸いです!記事更新の励みになります!