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僕にとってカフェは現代アート的なものかもしれない
僕は、田舎町でカフェを営んでいる29歳。
妻とアルバイトの子数人で切り盛りをしている、しがない小さなカフェである。
業種としては飲食店という部類に入る。
でも、僕にとってカフェは飲食店というより現代アートなんじゃないか、と思った話をしたい。
妻はよく怒る。
決して恐妻家というわけではない。
何が言いたいかというと正義感が強くて、マナーの悪い客に腹を立てているのだ。
例えば、先日、酒のパックを持ったお客さんが入ってきた。
その時点で、僕は不穏な空気を感じていた。
(あ、妻、ぴきってるな……。)
呑むのだけはやめてくれ、呑むのだけはやめてくれ、呑むのだけはやめてくれ。
と心の中で3回唱えたが、その祈り虚しくお客さんは呑み始めてしまった。
案の定、バックヤードで妻は切れていた。
「普通なら出禁やろ。」
と明らかに妻に対応させてはいけない空気だったので、僕がにこやかな笑顔で "お願い" をしにお客さんのところへ行った。
注意ではなく、あくまでお願い。
その呑み始めたお客さんのお連れの方が、「そうだぞ、仕舞え仕舞え。」とこちら側に付いたので、何事もなく一件落着した。
ふう。
お客さんの顔を伺って、妻の顔を伺って、冷や汗をかいた。
何とかなってよかった。
この話を持ち出して何を言いたいかというと、妻の反応は "飲食店員としてごく当たり前" だということだ。
マナーの悪い客には、腹が立つ。
とくにマナーの悪いやつは、出禁にしたくなる。
そういう怒りが湧いてきて当然だし、嫌悪感を露わにするのはごく一般的なことだといえる。
飲食店員としては。
飲食店員としては自分の店がぞんざいに扱われるのは嫌だし、荒らしてくるやつなんか帰って欲しいと思う。
だが僕ときたら、どこかそれを楽しんでいるところがある。
さっきの話でいうと、
「これ、僕が注意したら、このお客さんはどんな反応するんだろう?連れのお客さんは、どういう態度を取るかな?」
とちょっとわくわくしながら、お客さんのところに向かっていったのである。
つまり、僕は僕の店にお客さんが相対したときに、どんな反応を見せるのか?に興味がある。
ここまではちょっとネガティブな例だったが、ポジティブな側面でも同じだ。
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たとえば、今、2025年1月はこのようなプリンをメニューで出している。
たぶん、この辺の地域では結構変わった見た目をしている。
プリンといったが色んなものが乗っているし、別添えの "蜜" をかけて食べていただくスタイル。
ただのスイーツではなく、見た目から食べ方から味から、色んな仕掛けがしてある。
僕は今回の件で気づいたのだけど、メニューを考えるときも、お客さんの反応を想像している。
フォルムに驚いた顔。
可愛いと写真を撮り始めるだろうか。
蜜からほうじ茶の香りがして感動するかも。
そんなお客さんの反応を楽しみにしているから、どんな反応が返ってきても怒りの感情は湧いてこない。
ネガティブな反応が返ってきたら、
「ほう、そうなりますか。」
という感じで、それはそれで興味深いなと思ってしまう。
先日の店で酒を飲み始めたお客さんについても、なんでお店で持ち込んだ酒を飲んでいいとおもったんだろう?酔っ払っていて判断が鈍っていたのかな?楽しくなっちゃったのかな?と、実に興味深かった。
もちろん注意はするし、他のお客さんに迷惑をかけるようなら出禁にするだろうが。
現代アートを作っているアーティストの友達に言わせると、アートはお客さんの反応があってこそ完成するらしい。
アートは、お客さんの潜在意識を引き出すとか。
アートとは鑑賞者が思考を巡らせることで完成する。
僕はあまり知らないけど、現代アートのえらい人である「マルセル・デュシャン」も、同じようなことを言っていたらしい。
よかった。
僕のアーティストの友達だけが勝手に言っているわけじゃなかった。
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ちなみに、僕の好きな金沢の21世紀美術館に「スイミング・プール」という作品がある。
これなんかはまさに、お客さんの反応があって初めて完成する現代アートだ。
中に入ってみたり、上から中から写真を撮ってみたり、泳ぐ真似事をしてみたり。
この作品を作ったのはレアンドロ・エルリッヒという人らしいが、きっとお客さんの反応を見て、
「ほう、そう来ましたか。」
と、嬉々として楽しんでいるに違いない。
僕はカフェをスイミング・プールのような装置として、楽しんでいるかもしれない。
だから変なお客さんにも嫌だなぁと思わないし、いちゃもんを付けてくるお客さんにも面白いなぁと思ってしまう。
どうやったらこのお客さんに上手く対応できるかゲーム、が僕の中で始まる。
明日も、僕のスイミング・プールは口を開けてお客さんを待っている。
厨房の奥からは、僕が嬉々としてあなたを眺めているかもしれない。
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