『うるさいこの音の全部』高瀬隼子
表題作「うるさいこの音の全部」と、その後日談となる「明日、ここは静か」の2篇で構成されています。
ゲームセンターに正社員として勤務しつつ、密かに小説を書き続けている主人公。ついに作品が文芸誌に掲載され新人賞を獲り単行本が発売されたことにより、主人公と会社を含む周囲との人間関係が歪み始めます。更に、2冊目の本が芥川賞を受賞し、社会的反響が拡大する中で、主人公にとっての現実と虚構の境界線が次第におかしくなり、自身を見失って行くのです。
小説家の仕事の内情を描いていますが、実体は人間の二面性をめぐる心理サスペンスのような、凄まじい小説でした。実生活における実名での存在と、小説家としてのペンネームでの存在。主人公自身が生きている世界と、小説の中で作られる世界。主人公は自身の意図にかかわらず、外圧によって両者の間で揺さぶられ続けるうちに、「働く自分と小説を書く自分」の断絶を自覚しながら、それを止めることも出来なくなって行くのです。
途中、描き出される小説の世界が、主人公の現実世界に引き寄せられた辺りでは、逆に非現実が現実に乗り移ったかのように錯覚させられて、何が起こったのかと空恐ろしささえ感じました。
ここでは小説家が主人公になっていますが、誰しも立場によって自身を演じ分けている所は多少なりともある訳で、主人公の心の動きには他人事でない臨場感がありました。特に最後の方で、どうしようもなくエスカレートして行く主人公の姿は強烈でした。
小説家としての主人公の経歴は、著者ご本人と被っている所が多くあり、これは著者の現実を踏まえているのかと勘繰りたくなってしまいますが、それはこの主人公にとっても、著者ご自身にとっても、望むところではないでしょう。そう分かってはいても、この物語のどこまでが現実を反映しているものなのか、どうしても気になってしまいます。
[2024/04/27 #読書 #うるさいこの音の全部 #高瀬隼子 #文藝春秋 ]