『わたしの知る花』町田そのこ
公園などで黙々と絵を描いている偏屈な独居老人の男。彼の生きた山あり谷ありの長い歳月を、彼と接点を持った複数の人物の視点から浮き彫りにして行きます。
彼に関する悪い噂を聞きながらも、何故か彼に強く引きつけられ、押し掛け気味で親しくなる高校生の女子。母親の過干渉に苦しめられ、しかしその母が若き日の彼が起こしたとある事件に関わったことを知る娘。若き日に彼をライバル視し、勝ったと信じようとしていた男。晩年の彼が住んでいたアパートのオーナー夫妻。それぞれが語る彼の姿は少しずつ異なっていて、当初は悪人としか見えていなかった彼なのに、その存在によって頑迷だった人々の古い価値観がじわじわと崩されて行く様子が、実に尊く思われました。
加えて、性自認や不妊治療など現代的な問題が物語に組み込まれていて、かなり盛り沢山な印象です。特にジェンダーバイアスについては、古臭い固定観念がどれだけの害悪になり得るのか、何重にも我々読者に突き付けて来ます。
この著者ならではの、重くはあるが悲壮ではなく、どこか希望的ですらある死生観が、全体の背景に横たわっています。終幕で明かされる、編み出された「物語」の大団円は、じわじわと心に沁みました。