「関心領域」(2023年 米国・英国・ポーランド映画)
アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスの一家は、収容所の隔壁に隣接する土地に瀟洒な新居を構えます。塀の向こう側からは、番犬の咆哮や、よく分からない機械や工事の物音や、人間の怒号や悲鳴などが聞こえて来たり、煙突から煙が流れて来たりますが、新天地での新生活を満喫する家族は、それらを意に介しません。特にヘスの妻はいたくご満悦で、転勤を命じられた夫に単身赴任を強いてまでも、ここでの生活に執着するのでした。
斬新かつ強烈な映画でした。強制収容所の塀の外側の出来事だけを描いていて、残虐な映像は一切出て来ない代わりに、その気配を漂わせる塀の向こう側の音だけが絶えず聞こえて来るのです。
特に空恐ろしさを感じたのは、ヘスの妻の行動でした。略奪物の毛皮コートを羽織ったり口紅を塗ったりして悦に入ったり、苛立って使用人に八つ当たりして酷い暴言を吐いたりと、塀の向こうで何が行われているのか凡そ知っていながら、自らの生活の旨味を享受することしか頭にないのです。遠路はるばる訪ねてきたのにすぐに黙って去ってしまった母親の存在によって、妻の麻痺した感覚が強調されていました。
一方、夫であるヘスは、直接の関与者であるせいか、妻よりは屈折した感情を抱えていたようでした。収容者を大量に効率よく殺戮・焼却するシステムの構築に腐心しつつも、ここでの暮らしを「東方の生存圏」(大日本帝国の「大東亜共栄圏」を想起)の理由付けで正当化しようとしたり、川遊びしていた子供たちを急に連れ戻して執拗に体を洗わせたり、職場でふいに吐き気を催したりと、矛盾した行動も見られます。彼が自ら考案した「ヘス作戦」を得意気に誇った後に、その作戦なるものの成果物の片鱗がただ淡々と映し出される場面は、無機質な静けさも含めて、強烈な印象を残しました。
また、危険を冒して収容者に手を差し伸べようとする少女の存在があり、しかしそれが発端で騒動を起こし懲らしめられる収容者の存在もあるのです。善き行いでさえも、それが単純に善とは済まされない、そのことも重ねて悲劇でした。
何れにせよ、どこかで悲劇が起きていて、そのことを知ってはいても、いつの間にか慣れてしまい、関心を失ってしまう、そんな彼らの姿を他人事だと思ってはならないです。近くの悲劇でさえそうなのですから、遠くの悲劇ならば尚更です。
[2024/06/01 #映画 #関心領域 #ジョナサングレイザー #シネプレックス幸手 ]