『ケマル・アタテュルク』小笠原弘幸
トルコ建国の父と称されるムスタファ・ケマル・アタテュルク(1881-1938)の綿密な評伝です。オスマン帝国の末期の社会状況を背景に、この不世出の人物の実像を明らかにして行きます。
本のページ数の大半を、軍人としての人生に割いているのが、当初は意外に思えました。しかし一口に軍人と言っても実際には、前半はオスマン軍の一員としての活躍であるのに対し、後半は反乱軍と言うべき国民闘争を率いる戦士であり、全く違う立場なのです。オスマン軍での活躍があったからこそ、国民闘争を率いる実力者となり、トルコ革命を先導できた訳で、彼の一筋縄ではいかない人生がよく分かりました。
軍人としても政治家としても、彼が長期的かつ大きなビジョンを持っていて、信念をもって邁進していた様子が伝わって来ます。偉人と言うに相応しい大きな功績を挙げることが多々ある一方で、打ちのめされている闘争もあり、迷信に翻弄されたこともあり、あまり褒められたものではないプライベートもありで、決して聖人君子ではないところが、むしろリアルな人間像を伝えてくれています。
また、英傑の常として、後世に神格化あるいは美化されていそうなエピソードも多くありますが、著者はそれらを慎重に見極めて虚像と実像の切り分けを行っており、彼の真の姿を提示しようとしているのが良いところです。
どうしても目立つのは、彼のかなり強権的な軍事や政治のやり方です。自身の意に沿わない者は容赦なく排除し、信頼する者だけで自身の周囲を固めており、今の時代から見れば独裁者そのものとも言えます。しかし混迷を極める当時のトルコの事情を考えれば、この位の強引さがなければ国を率いることは出来なかったであろうことも、読んでいてよく理解できます。
文脈に沿った図版も多く含まれており、充実した内容の一冊でした。先日読んだ、悪い意味で教科書的な山川出版の世界史リブレット「ケマル・アタテュルク」での物足りなさを、この本は満たしてくれました。
[2024/09/16 #読書 #ケマルアタテュルク #小笠原弘幸 #中央公論新社 ]