『アンバランス』加藤千恵
結婚して十数年の子のない夫婦。ある日、一人在宅中の妻を「太って醜いおばさん」が突然訪ねて来ます。曰く、自分は夫とお付き合いしているので、離婚してくれ、と。夫が性的不能であると認識していた妻は、あまりの衝撃に錯乱し、不眠や拒食に陥ります。そして、一時的に夫と距離を置く日々の中で、自分が何をしたいのか分からなくなった妻は、自身でも理解不能な挙動に出るのでした。
短いながらも強烈な小説でした。シチュエーションだけでも凄まじいものがありますが、それを発端に巡り巡る妻の思考の目まぐるしい展開が生々しく、鋭利に突き刺さって来る感じです。
表向きには平穏に保たれているように見えている人間関係が、往々にして実は脆いものであり、いかに簡単に平衡を失ってしまうものなのか、二人の姿から思い知らされます。崩壊のきっかけは隠し事だったかも知れませんが、逆に互いに全てをさらけ出したからと言って解決するものでもないのが、どうしようもなく難しいところです。誰かが抱える問題の本質は、それが何らかの問題下に置かれるまで、本人にすら分からないものなのでしょう。
この夫婦がこの後どうなってしまうのか分からないまま、断ち切るように終わるところが、絶妙かつ鮮やかです。この著者は初めてでしたが、他の作品も読んでみたくなりました。