No.27|百日行願27日目(2024年8月29日)

百日行願、二十七日目。

今日も命を頂いています。
ありがとうございました。

よく、

・自分で道を切り開く人
・時代に流されていく人

この二極化が今後も進む……なんて言われたりもしていますが、それが噂レベルのものでもなく、実際にそうだなぁという話をします。

こんなの、今の時代だからとか関係なく、どの時代においても言えることかと。今日の投稿を読んで頂いたらご理解頂けるのではと思います。

そして、自分で道を切り開く人になるために、『ご信心』は無くてはならないものだというお話も。

それではどうぞ。

まずは、時代に流されていく人の筆頭は、
社会のせい、国のせい、時代のせい……と、
『自分以外の何か』のせいにして現状を観る人のこと。

不景気や、物価高、円安。
それから、非正規雇用や核家族化、自己責任論による生きづらさなどなど。コロナ、地震・ゲリラ豪雨・台風……天災、米不足……も、そうでしょうか。

誰かのせい、何かのせい
にして、毎日不満タラタラで生きている人こそ、
時代に流されていく人と私は思っています。

もしくは、不満をタラタラ言わずとも、
1人静かにその不満を内に抱え、
不安や焦りで毎日を生きている人も、残念ながら同類かと。

一方で、自分で道を切り開く人とは、
時代、状況、流れなど、一切関係のない人のこと。

どういうことか。
ブツブツと切れている人たちです。

どういうことか。
毎日毎日、命を頂き続けている人。
不安を引きづらない人。
1回死んで、また生き返って、リセットして。
そうして、不満を抱えない人。
世の中の変化に対して超鈍感な人。
今朝目覚めたのだから、
世の中がどうなっていようが、
今朝が最新なのだから、
できる限りでやり過ごすしか無いと思える、考えられる人。

いかがでしょうか。

もう少し端的に比較すれば、

動ける人

動けない人

この違いでしょうか。

今朝目覚めたなら動くしかないですよね。
できる限りで、歩を進めるしかない。
いや、歩を進めたくなる。
それぐらい、元気です。

一方、これまでの流れに鑑みて(鑑みてと言うより、囚われてと言ったほうが正しいです)、
不安や不満に押しつぶされそうな人は、
動けません。
とにかく元気じゃない。

あれやこれやと考えては歩が止まる。そして一日が過ぎゆく。
同じ一日なのに、
同じ24時間なのに。

どう使うのか、どう思うのか。どう考えるのか。
それは人それぞれ。
そこで、ご信心です!

まあ、これまで述べてきたとおりではありますが、
寝て死んで目覚めて今日生き返ったと思える思考は、
よほどご信心が根っこにある人ではないとおよそ理解できない心境ではと推察します。

いや、昨日寝て起きただけだから。
昨日やり残したことを今日はやらないと。
本当でしょうか。

あなたは、一度死んで、生き返ったのではないですか。
この令和6年の今日の日に。

私は、ご信心させて頂いて、そのことを強く思うようになった。
目覚めて今日の命を有り難いと思うようになった。
昨日までの自分。
そんなの知りません。
そんなの1ミリも関係ありません。

無責任に聞こえますか。
それでも良いです。
それよりも今日を生きる。
神様と共に。

今日頂いた命を真剣に生きる。
誰になんと言われようともね。

そうすれば動けます。

根暗で、引っ込み思案で、マイナス&ネガティブ思考のどうしようもないポンコツメガネの私が、ここまで毎日淀み無く、元気に動けるようになったのは、間違いなく『ご信心』のおかげです。

すごくないですか。
ぜひ、ご信心ない人に読んでほしい。

ご信心ある人は、「たしかに~」と思えるところが大いと思います。
そうじゃなくて、ご信心無い人へ。
そうは言うけど今の現状を考えてくださいよと真顔で言ってくる人へ。

どうぞ、ご信心を始められてくださいませ。
私からのメッセージは以上です。

追伸:なぜこれだけご信心をお勧めするかといったら
「生きやすくなるから」
にほかなりません。

それだけです。裏なんてありません。あなたに嫌な顔されながらも伝え続ける私にとっての得なんてそんなにないでしょう。でも伝えたい。

まぁ、伝わったとして金光教武蔵小杉教会にお参りされたらまた少しは違うのでしょうが。でも、それも私の本心じゃない。

どうぞそれぞれにご信心されてください。そしておかげ頂かれてくださいな。それだけでいいです。マジで。

どうかご信心を。さすれば、もれなく生きやすくなると私は思っていますよ。

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