『オリオンのかみ 第1回 酒』を読んで


たいへん気になる短歌ユニット『Orion』によるネプリ「オリオンのかみ」の第1弾を読んだのでその感想を書きます。

『Orion』は、toron*さん・夏山栞さん・満島せしんさんによる新生短歌ユニットです。
まだ始動したばかりとのことですが、『交換日記』につづき、今回のネプリなど既に気になるコンテンツが続々と……。「ゆるっとした短歌ユニット」を自称しているものの、その活動はかなり積極的と見ました。これからたのしみー!では、『オリオンのかみ』について触れていきます。


第1回は「酒」。酒好きなわたしとしては心躍るテーマです(不要な情報ですね)。

三者三様、という言葉がありますが、「酒」という題でここまでそれぞれ違うものが作れるのだなーとどきどき。色が違う。そしてどれもそれぞれに美しい。めちゃくちゃに面白い。みっつまとめての感想を書くことができそうにないので、それぞれについて少しずつ書いていきます。

『ストロング・ゼロ』/ toron*
人によるとは思うのですが、「ストロングゼロ」がタイトルに登場した時点で、わたしは「あっ、これは社畜の歌だな」と思いました。ストロングゼロ、まさに現代の社会人を象徴する「ヤバい酒」って感じなんです。そして読み進めれば案の定じゃないですか……。所謂ブラック企業から消えてしまった先輩、そしてその空白を実感しつつも増えた仕事を淡々とこなす主体。が、詠まれているのが哀愁や苦痛だけじゃないのがtoron*さんの凄さだと思う。例えば、

間引きした蛍光灯で天井を支えてここは限りなく夜

「残業」をここまで格好よく短歌にできるのはなぜなのか。toron*さんは日頃どんな思いで仕事をしているのか(は、ひとまず置いておこう)。
「間引きした」が効いているなぁ。これがあるのとないのとで見えてくる景色が全く変わってくると思います。
蛍光灯が天井を支えるという発想も面白い。夜という悲しいほどの現実との隔たりとして存在する蛍光灯が、特別なものに見えてくる。
上手いなぁ。
この現代に多く存在するであろう主体(社畜)のすべてを抱き締めたい。ストロングゼロを半分こしたいよ。

『ナルシシズムの煮物』/夏山栞
これはたいへん個人的なことなのですが、わたしは夏山栞さんの短歌がすきです。ものすごく好きです(と伝える勇気もタイミングもないので今ここで告げる)。
缶チューハイを詠んだtoron*さんとはまた異なり、夏山栞さんは焼酎。おそらくは地元を離れ、ひとり生活を営む女性が主人公です。
働く女性というのは、頑張れど昇進すれど、まっすぐな評価というものを得がたい。男女平等といわれる現代社会においても。

ねえわたし昇進したよいじわるな男の子にも負けなかったよ

静かで、平和で、すこし淋しい自分の部屋で「わたし」は焼酎を飲む。酒の肴が三日前につくった煮物のじゃがいもであることが、彼女の慎ましくも平坦な毎日をまた上手く表現している。
女としての幸せがどうこう……とよく議題になる今の時代だからこそ、笑うこと、食べること、生きることのシンプルなよろこびを自覚していたい。

『キッチン』/満島せしん
実のところ満島せしんさんの短歌はまだあまり読んだことがなく、このオリオンのかみにて初めてじっくりと味わいました。
こちらも主人公は恐らく女性。ビールにジントニック、白ワインに赤ワインといくつものお酒が登場する。
キッチンで目まぐるしく料理をする主体は、たぶんなにか悲しいことがあったのだと思う。失恋とか。

ビーフシチュー圧力鍋にかけながら床に座って飲む赤ワイン

床なのがいいですね。手間のかかる料理をしながらも、一貫して豪快にお酒をあおる様子が詠われる。そのなかに主体の苛立ちやさみしさなど感情の機微がうまく描かれていると思います。
「無駄に豪華な食卓で乾杯」とあるけれど、たぶんこの乾杯もだれかとするわけじゃない。すでに出来上がりつつある「わたし」との乾杯で、それは決意の乾杯なのだと思う。


なんだかまとまりが無く、感想と呼ぶのも烏滸がましい文ばかりになってしまいました。最後にそれぞれから一番好きな短歌を引かせていただきます。

数式をはらんで眠るExcelも誰かに踏まれるまでは雪原
それでも、と飲み干すそれでも笑うそれでも食うことが生きてゆくこと
いくらでも飲めてしまうなキッチンはさみしさの反芻にちょうどいい

オリオンのかみ、第2回も楽しみにしております。

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