Capt.ノッポさん、息苦しくないですか?
航空機は機内に与圧システムが装備されていても、通常は海抜7-8,000Ft程度に与圧されています。与圧されていない機体では、外気圧と内気圧が同じですから、海抜12,500Ft以上を飛行する場合には法律上酸素吸入して運航することが必要です。
そういう危うい環境の中で、エアマンの肺が破裂したらどうなるでしょうか?肺は左右2つあり、1つが破裂したら文字通り片肺飛行になります。
なぜ気胸が起こるのを理解するには、若干想像力が必要です。実は肺と胸腔内壁は「胸膜」という云わばサランラップのような膜で覆われています。胸膜にはサーファクタントという潤滑液が浸潤しており、洗剤の泡のように作用して滑らかに肺を動かします。
ところが何かの弾みで肺側の臓側胸膜が破れると、肺に入ってきた空気が肺と胸壁の間に漏れ入ります。この空間は本来真空なので、空気が入り込むと破れた肺は膨らまなくなります。これが気胸という病態です。運動や交通事故などで胸部を打撲すれば、胸腔内側の壁側胸膜が破れて、同様な病態になるでしょう。このメカニズムは分かりにくいので、「片肺エアマン」でもう少し分かりやすく説明しています。
胸部の外傷では、稀に両方破裂します。一方の破裂でも、未破裂の肺が破裂した側に流入した空気で圧迫されてされて未破裂の肺も動けなくなれば、実質呼吸が出来なくなります。心臓に還流する血液量が激減すれば、ショック状態に陥ります。このような深刻な病状になることを緊張性気胸といいます。
上空で運航中に気胸となるのは、後者のような外傷性ではなく、前者の自然気胸です。自然気胸は直接原因は不明なものの、臓側胸膜が薄いから破れる訳で、痩せ気味で背が高い体型の人が多いです。特にブラやブレブと呼ばれる胸膜の一部が特に薄くてプクッと膨らんでいる部分がある人は要注意。気圧が低いために発症しやすいとは言えませんが、空気が薄い状態で片肺になるのはインキャパ(操縦不能)状態になり易いと云えます。
そのため気胸の既往があるエアマンは航空身体検査で大臣判定となることがあります。FAAの場合は外傷性気胸で、治癒していることを担当医が証明すれば即刻適合となりますが、自然気胸の場合は本部判定となります。自然気胸では再発、再燃がしばしばあるためです。
気胸を予防するために、まず外傷性気胸を起こさないことが重要です。エアマンに運動は必要ですが、胸部を殴打するスポーツは避けるべきです。自然気胸でも予防策がない訳ではありません。呼吸機能を上げる運動、特に水泳がお勧めです。そのような運動を続けると、運動能力が高まるだけでなく、胸膜も発達して分厚くなります。ヒョロヒョロの体型だった男の子が、水泳教室に通って立派な胸板になって戻ってくると、この子にはパイロットになりたいという強い意欲が感じられて、こちらも嬉しくなります。
以前、バイクツーリングが好きなライダーパイロットがいて、ヘアピンで派手にこけて外傷性気胸を作りました。救急搬送されて脱気治療と胸膜縫縮術を受けて幸い軽快しましたが、その後間もなくして再び懲りずにバイクに乗っています。空を飛ぶよりバイクに乗る方が好きなのだなぁと思いました。
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