高齢者に優しい?
行きつけの店がある。カウンターが10席、4人がけテーブルが3つのファーストフードに属する店である。私はここの親子丼が気に入っていて、よく食べに行く。値段も超お手頃である。店名を言えば、ほとんどの人が知っているであろう全国チェーン店である。
ある日、いつものように券売機で、食券を買ってカウンター席に座って食べ始めたころ、向かいに80代と思しき高齢の男性が座っていた。店員に「食券をご購入ください」と声をかけられて、券売機の前に行き、立ちすくんでいるのが見えた。きっと男性の知っている券売機は、お金を入れて自分が食べたいメニューが書かれたボタンを押せば、食券が出てくる昔のタイプのそれであろう。その店の券売機はタッチパネル式で、食券を選ぶボタンはどこにもない。
すぐに手助けに行くべきだったのかもしれないが、私は少し様子を見ながら、食べ続けることにした。食事を中断して手助けに行けば、私の向かいで恐縮しながらお食事をされることになる。それが気恥ずかしいし、気の毒にも思えたのである。私は食事を済ませて、帰りがけにその男性に「お手伝いしましょうか?」と声をかけた。男性は「すみません。私こんな機械に弱いもので。」と恐縮しながら答えた。タッチパネルを押し、メニューを画面に出して、「何を召し上がりますか?」と聞くと「かつ丼が食べたい」というので、「丼物」のボタンを押し、かつ丼のあるページを開いた。「かつ丼ならこれですけど」と言うと、「これがいいです」と「牛とじかつ丼」を指さした。「はい、わかりました」と、パネルをタッチし、「注文に加える」→「会計に進む」をタップし、「現金でよろしいですね。」と一応確認して、「支払い方法」の「現金」をタップし、お金を入れればいいようにした。「あとは食券が出てきますから、店員さんに渡してください。」というと、男性は感謝してくれた。私は「もう少し早くお手伝いして差し上げればよかったのにすみません」と言って、店を後にした。
すぐに手助けをしなかった理由は他にもある。店員が気づいて手助けしてくれるのを期待して待っていたのである。しかし、私が手を差し伸べるまで、店員が気づいた様子はなかった。でも私は店員を責める気持ちはない。カウンターから見える店員は、アルバイトと思しき若い女性が二人だけであった。調理と接客で手いっぱいで、高齢者に気を配る余裕などとてもなさそうに見えた。
券売機のデータはおそらく厨房にもつながっていて、発券と同時に調理に取り掛かれるのそれだけ早く料理を提供できる。店員の人数がそれだけ少なくて済むので、人件費をそれだけ抑えられるのだろう。また客も料理が早く出てくるのは歓迎である。しかし新しい機械について行けず、困っている高齢者がいるのを目の当たりにして、この動きが本当に正しいのか疑問に思う。
立ち食いソバ屋の、「かけそば一杯ください。」「はい、かけそば一杯ですね。400円になります。」これだけの会話が、気持ちをほっこりとさせてくれるのだ。それがなくなっていくのは、やっぱり寂しい。
さて、20年経てば私も80代に突入である。そのときにはもっと新しいシステムができていることだろう。そのころ、券売機の前で困っている私に声をかけてくれる人は現れるだろうか?それが一番の心配である。