ショートショート「明日は大学祭#企画」
ー明日のミスコンなんだけど、私、熱があるみたいで。もしかしてコロナかもしれない。出れなかったらごめんね。
「おいおいおいおいおい」
大学祭実行委員会の大会議室に俺の声が響き渡った。
時刻はあと5分で零時だった。
「何、どうしたの?」
清音は段ボールをカッターナイフで切る手を止めた。
「鎌田七緒がコロナになったかもしれないって」
「え?明日どうすんの」
「出れなかったらごめんね、だって」
「っかー。だから、あんまり好きじゃないんだよ。って出場してもらうのにこんなこと言っちゃだめだけど」
「うん。鎌田はこのミスコンの花形だしな」
清音のスマホから着信音が流れた。
スマホを確認した清音は肩を落とした。
「島崎麗良もコロナかもしれないだって」
俺と清音はほぼ同時にため息をついた。
島崎麗良も鎌田七緒と並ぶ花形出場者だった。
俺たちが通うこの大学はいわゆるFラン大学だ。
誇れる学力はないが、昔から大学祭が盛り上がることで知られていた。
近くにある偏差値がそこそこ高い国立大学が「頭脳のX大学」と呼ばれるのに対し、こちらは「見た目のQ大学」と呼ばれている。
それもあって、わが校のミスコン、ミスターコンの企画は大学祭のなかでも一番盛り上がるのだ。
過去の優勝者のなかには、これを機に雑誌の読者モデルやテレビのレポーターなど華やかな世界に足を踏み入れた者もいる。
最近では、インスタなどで多くフォロワーを持っていることで名を馳せている者も学内にちょこちょこいた。
島崎も鎌田もそんな人たちの一部だった。
「あの人たちが来なかったらまずいじゃん。彩人、だれか補欠みたいな人いるの?」
「いないよ、あ、鎌田の奴、インスタに『熱出ちゃった~』とか書いてる」
俺のスマホを清音が首筋から眺めた。女の匂いがして思わず息を飲んだ。
「鎌田さんって美人だけど、アレだよね」
「まあ、うちの大学の学生だからな」
「とりあえず、鎌田さんと島崎さんにもし来れなかった場合に備えて美人の友達を紹介してもらおうよ」
「そうだな」
俺と清音はそれぞれのスマホを操作し、鎌田と島崎にメッセージを送った。
「ねえ、彩人、返事来ると思う?」
「鎌田さんはあやしいな」
「うん、島崎さんのほうがちゃんとしてそうだよね」
「なあ、清音。二人が来なかったらどうする?」
清音は首をひねった。
「うーん。お客さんに説明してそのままやるか。あ、美村さんに出てもらうとかは?きれいだし。どうせ暇してるでしょ、幹部なんて」
美村さんの名前が出て俺の表情が固まると、清音は口をポカンと開けた。
「あ、ごめん」
「いいよ。ま、それもあるよな」
清音は、再びカッターで段ボールを切り始めた。
さっきからずっと小道具を作っている。
俺が美村さんと初めて会った時、彼女は今の清音みたいに段ボールで小道具を作っていた。
長い髪を一つにまとめて、一心不乱に何かを作っている姿が凛々しく見え、胸の奥から消えなくなった。
それまで年上の女の子に何の興味も無かった。
そんな俺にとって、美村さんは初めて好きになった年上の女性であり、初めて失恋した相手だった。
一応、付き合うことはできたし、美村さんの部屋に連泊をして、ちょっとした同棲ごっこもした。
吸いつくような肌を独り占めして優越感に浸ったり、大人になったと勘違いをしたりした。
俺は美村さんからいろんなことを教えてもらった。
でも、俺から美村さんに教えることは何もなかった。
勝手にいじけて、やさぐれた俺を美村さんはあっさり捨てた。
1年間、アメリカに留学して消息を絶ってしまったのだ。
そんな美村さんが俺たちの前に戻ってきたのはつい先月のこと。
「久しぶり、学祭、続けてたんだね、えらいえらい」
俺の髪を軽くなでて、美村さんはすっと前に進んでいった。
美村さんの先には、実行副委員長の神谷さんがいた。
そっと、神谷さんの手に触れるのを俺は見逃さなかった。
神谷さんの太い指が美村さんの指の間に差し込まれ、すぐ離れた。
「美村さんに俺から頼んでみるわ。美村さんの友達も一人スタンバイしてもらおうかな」
俺は、ちょっと面倒くさそうに歩き出した。
「いいの?彩人」
「え?」
「つらくない?」
俺は鼻で笑った。
「そんな子供でもないよ、俺」
「そっか」
清音はカチカチとカッターの刃を元に戻し、ほほ笑んだ。
その姿が俺の心を落ち着かせた。
もし再び俺が美村さんに傷つけられるようなことがあったら、清音が黙っていないだろうなと想像出来たから。
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