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それでも私が旅する理由
前回記事は、趣味でなくなったが旅はしたい。という終わり方をしていました。
読み返していると、私は旅の何が好きなのか?という長年の疑問に向き合いたくなりました。今回はそのお話です。
旅の目的〈過去編〉
常に旅の事を考え生きていた学生時代、旅の目的は大きく3つありました。
①好奇心を満たすため
若さですね。
まだ30歳のペーペーですが、あの頃のように初めての場所ならどこにでも行きたい!という好奇心はもうありません。
あの頃は「寿命のうちに地球上すべての場所に行くことは不可能」ということを知らなかったし、知りたくなかったのだと思います。
欲望のまま旅をして好奇心を満たせた結果、不自由が生じるはずの離島Uターンも即決できた気がします。
②本を読むため
毎日読んどるやないかい。
と夫から言われそうですが、旅と読書は切り離せません。よね???
noteの世界には同じ感覚の方がいらっしゃると信じて書きますが、
長い小説を読む時、遠くに行きたくなります。
いや。
飛行機や電車に長時間乗りたくなると言った方が正しいかもしれません。
家族から話しかけられない。
インターホンも鳴らない。
スマホの電波も繋がらない。
読書しかできない(ことにする)。
この状況でする読書には中毒性があります。私は今もその中毒患者です。
出発前に「今回の旅のお供はキミに決めたっ!」と本を選ぶのも楽しいし、分厚い文庫本を購入する言い訳に「次の旅行で読む用(だからバッグでもみくちゃになっても平気なように借りるんじゃなくて買わないといけないなあ困ったもんだぜ)!」などと考えるものデレデレします。
無表情を装いながら心の中はクレヨンしんちゃんです。
③圧倒的非日常を感じるため
授業を受けたりアルバイトしたり、家事を一人で片づけたりすることは、日常という名の現実のはず。
ですが、常にどこか浮ついていて「学生」という非現実世界を生きている感覚がありました。宮崎という場所が、よりそう感じさせたのかもしれません。
人生の夏休みだとか、モラトリアムとも呼ばれる時期なのでそう感じて間違いないとは思います。
しかし当時の私は、実家への帰省から大学に戻る際「うわ~~~もう現実が始まる~~(白目)」と、
大学=日常
実家=非日常
と捉えた発言をしていたことも覚えています。
日常と非日常が、常にごちゃまぜだったのです。
そんな中、旅先はいつだって絶対に非日常。
この圧倒的非日常が存在することで「それ以外はまあ日常」と思うことができ、日々をまあまあ冷静に送ることができたように思います。
でも対比としての旅は、しない間に薄れます。
私の場合1ヶ月~2カ月でかなり薄まる感覚。
結果、そのスパンで大なり小なりの旅を計画し、対比構造を保たせていました。
旅の目的〈現在編〉
もはや趣味でなくなった現在でも、旅に出たくなる理由は何なのか。
ざっくり分けると大きく3つ。
①本を読むため
前述の通りです。これはあの頃から変わりません。
思い出してみると幼少期から変わっていません。家族で外食するときは持って行く本を選んでいたし、愛用のバッグもハリーポッターサイズが入るものでした。
「一人になりたい」という理由もありますが結局のところ一人で本の世界に没頭したいのです。
②会いたい人に会うため
最初から最後まで一人という旅をしなくなりました。
ライフステージの変化とコロナ禍を経て、会いたい人には会える時に会わねば!!という意識が高まったことが大きいです。
行きたい場所が見つかると家族を誘ってみたり、経由地付近の友人に会えそうな日程で移動したり。
現地集合で芸術鑑賞をしたり、空港でのカフェに駆けつけてくれる友人のおかげで、私の人生が豊かになっています。いつも本当にありがとうございます。そろそろまた会いに行きますね。
③やっぱり家が良い、と感じるため
ここ数年、良いホテルを選んで泊まる事が増えました。
家事を片付けていない(というか家事は無限に広がる大海原なので片付くという表現は適切でないように思いますがこの話はまたどこかで。)罪悪感をぶら下げながら自宅でのんびりするのと、旅先のホテルでのんびりするのとでは全く違います。絶対的にホテルの方がのんびり感は強いです。
憧れていた場所へ行ったり、美しい景色に出会ったり、おいしいものを食べたりしても、
それでも毎回、旅の終盤に思うのです。
「やっぱり家が一番だわ。」
大切なものは無くなってから気付くとはよく聞く言葉ですが、
私は「日々の暮らし」をなくす疑似体験として旅が存在しているように思います。
どれだけ良いホテルに泊まっても、小腹が空いたからと目玉焼きを焼くことはできないし、庭の植物たちを観察することもできません。
ホテルの窓は開けられないことがほとんどなので風を感じたければ外に出るしかありません。外に出れば大抵一人にはなれません。
大切なものは日々の暮らしなのだと疑似体験を持って実感するときが、旅してよかったと思える瞬間の一つになっています。
日々の暮らしを主役にするために
旅の楽しみって、計画を立てることや偶然の巡りあわせだったりします。
それって案外、日々の暮らしにも見出せるものだと気づきました。
毎日ざっくりとした時間割を決め、バタバタしないように過ごす。
そうすれば、日々いろんな偶然に巡り合っていることに気が付きます。
・空き時間のちょこっと掃除で気持ちが良くなる
・散歩に出たらキンモクセイの香りがする
・出くわしたご近所さんと楽しくお話ができる
・庭の花にミツバチが来ている
そんなことかよと思われるかもしれませんが、
日々の暮らしが大切なのだと気づいた今、「これに出くわすために暮らしているんだなあ。」と毎回写真におさめたり、家族に報告したりして楽しんでいます。
あなたも、ある旅の目的地がこの家この場所だと考えてみてください。
日々の暮らしが主役になる気がしてきませんか?
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