10年経っても半人前、今だって半人前|私と麒麟山:長谷川良昭さん編②
――酒蔵の見学中、職人さん同士が仲良さそうに話をされている様子を目にしました。「職人」と聞くと気難しそうなイメージもあったのですが、麒麟山酒造の職人さんは、むしろ気さくな印象ですね。
そうですね、みんな仲が良いと思います。コミュニケーションや挨拶、そして掃除の大切さは日ごろから伝えています。挨拶と掃除ができることが、働く上では何より大切ですかね。
――挨拶の大切さはよく耳にしますが、掃除は初めて聞きました。
掃除って、いくらでもサボれるんですよ。それをごまかさずにやること。人から見えないところまで、どれだけ一生懸命できるかって、酒造りに生きてくるんですよ。酒造りって、結果がよければ全て良しってことにはならないんです。ひとつひとつの工程が生き物相手なので、気を抜けません。
挨拶やコミュニケーションも大切です。蔵に、「銘酒造りは先ず人の和からはじめよう」という目標が掲げてあるとおり、良いことも悪いことも、なんでも言い合える環境をつくろうと意識しています。何か疑問に感じたとき「何故こうしてるんですか」「何でこうしなきゃいけないんですか」といった言葉が出てくる環境が、人を育てます。
そしてもう一つ、酒蔵で働く上で重要なのが「感覚」です。
――酒づくりの「感覚」ですか。
酒は、微生物がつくっています。その微生物が活きる温度管理をしたり、微生物の現状から環境を整えていくために使う「感覚」ですね。布をかけたり外したりするだけでも温度は大きく変わるので、その感覚が非常に重要です。全体像を描くために、いろんな工程を経験することも大切だと思います。
僕が入社した頃、他社の杜氏さんから「長谷川君、蔵で10年? やっと半人前になったな」と言われたことがあります。10年経っても、まだまだ経験が足りないということです。
――確かに仕込み体験でも、米の香りや均した時の手触りなど、五感を研ぎ澄ます姿勢が求められ、「酒づくりに感覚って大事だな」と思いました。でも長谷川さんは今年で社歴35年ですから……。
いや、まだ一人前なんかじゃありません。社長や会長が「美味い」と言うものをつくり続ける点でも、作業工程の熟知度においても、そもそも何をもって一人前なのかという……わかりやすいゴールはないんですよね。作業工程でいえば、25年以上勤務している人たちでも、すべての工程を習得することは難しい世界ですからね。それだけ、カバーすべき領域が広いんです。
――まだまだ半人前、というストイックな姿勢にしびれました…。そんな長谷川さんが今後目指すところについて教えてください。
社長が示した「日常の生活によりそう日本酒をつくり、食卓を豊かにする」という理想を、実現しなければならないと思っています。自然環境や社会情勢が変わっていく中で、変化に対応していくことは必要ですが、麒麟山酒造が、日本酒業界の中で積み重ねた実績を守りながら、普通酒でも大吟醸でも「いいね」と言われるような酒をつくっていきたいです。そういう酒造りを変わらずやっていきたい。
――麒麟山のある日常、ですか。
特に、コロナ禍の影響で、外での大きな飲み会が出来なくなり、酒の楽しみ方が変わってきたと思います。飲み方や飲むシーンが変化する中でも、私たちは一人でも多くの方に「日常の食卓にある普通酒」である麒麟山を、毎日飲んでもらいたい。そのために、麒麟山サワーや麒麟山レモネードなどを提案し、普段お酒を飲まない方にも「麒麟山のお酒、美味しかった」と思ってもらう入口をつくっています。
――ありがとうございます。最後に、米づくり大学に関わってくれる方たちに期待したいことはありますか?
やはり農家さんの高齢化が避けられないので、若い方にはぜひ移住して、田んぼをやってもらいたいです。これだけの規模で、地元産米100%の酒づくりに取り組んでいる蔵は、全国的にもめずらしい。人が多い場所ならともかく、人口1万人ほどの町で取り組んでいることが、いかに凄いことか。講座を通して私たちのこれまでと、今後の挑戦を伝えたいですし、共感してくださる方に出会いたいです。
麒麟山の職人さんの仕事ぶりを探るべく、始まったインタビュー。気さくな雰囲気の内側に、伝統を守りながら変革を恐れず、追求し続ける姿が見えた気がします。
そういえば「伝辛」も、新潟県内なら多くのお店で出会える親しみやすさを持ちつつ、飲めば伝統を感じられる美味しいお酒。それでいて、新ラベルに生まれ変わるなど、変革の側面も持ち合わせています。職人さんの在り方は、お酒を通じて私たちに伝わるのかもしれません。
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