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時として愛は呪縛だ【創作小説】
昨日まで黄金色に輝いていた野原が、今日は曇天の下に広がっている。さりとて憂いは何もない。そのはずだった。
鈍色の空から零れる雨粒。貧相な佇まいのバス停で、俺は来もしないバスを待ちながら煙草に火をつける。淀んだ空気に煙がじわりと昇っていく。
十数年ぶりの郷里は不自然なほどに優しいものだった。あらゆる記憶が美談として語られる様子はさながら走馬灯のよう。酔えぬ酒でひび割れた唇を潤し、俺は人形としてそこに在って微笑み続けた――彼女が隣に座るまでは。
「あなたをずっと愛しています」
酒を注ぐ彼女の眼は少女時代と変わらず、清流のごとく澄んでいた。見つめられたものが自らの浅ましさと罪深さを刃のように突き付けられ発狂しそうになるほどに、とても美しく綺麗な瞳だった。
俺は侘しい命の果てに日々近付いていくだけのつまらぬ男である。此度の帰郷もただの気まぐれを起こしたに過ぎず、彼女のことなど今の今まで忘れさっていたのに。
煙草の灰が落ちる。最後の紫煙が燻るその先。不意に彼女の影が見えた。一等俺が愛した頃の姿で。その横には俺が在る。影たちは手を繋ぎ露の中へと溶けていった。――ああ、そうか。解っているよ。時として愛は呪縛だ。
煙草の味が酷く身体に回り、咳き込んだ。死の味も案外こんなつまらないものかもしれない。そうであって欲しいと、俺は、姿の見えぬ神へ久方ぶりに祈った。
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2020年5月開催のテキレボEX のわくわくおためしパック(無配ペーパー)として公開した文章の再録です。
元ネタは自分の過去作でして、今回改稿したものを無配ポストカードにしました。(過去はこちら。今回そこそこ加筆しました。)
お手にとってくださった方、ありがとうございました!
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