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#43. 『頑張れって、言わないで』
中3の頃の悩み=進路
当時、中学3年生だった私は、
高校の進路に追われて、焦っていた。
周りの友達はみな「いい高校に行きたい」と夢中で勉強や部活に励んでいて、会話はいつも進路の話ばかりだった。
「〇〇ちゃんはどこの高校目指してる?」「テストの点数どうだった?」。
そんな会話が多くて、私が正直に目指す高校を伝えると、決まって気まずい空気が流れ出す。
それを恐れて、ひたすらその会話を避けた。
私は、周りが努力すればその分評価を得られるのとは違って、どんなに頑張っても報われない立場だと感じていた。高校に通うためのお金がなくて、普通高校を諦めることが既に決まっていたのだ。それだけのことなのに、心の奥底で強い劣等感を抱いていた。
進路相談では、担任の先生から「もっと上の高校を目指しなさい」と言われたけれど、私は「大丈夫です、働きながら勉強したいので」と、自ら夜間高校を希望している風に装っていた。本当は、自分に期待しすぎる先生にこれ以上失望させたくなかったし、三者面談で親が責められてしまうのも怖かった。
母は当時、鬱病で気持ちがひどく落ち込んでいる日が多かった。責任感が強く、人一倍真面目で優しい母は、お金のことで常に頭を悩ませていて、無表情のまま、いつも涙を流していた。
私は、これ以上母に心配をかけたくなくて、自分の本心を話せず、笑顔で「大丈夫」と言い続けていた。
覚えたての嘘で救わていた自分
「賢い子」のふりをして、自分を偽る。
「理解が早い子」のふりをして、ひたすら自分の感情を押し殺していた。
演じることで救われた時も多く、
傷付いている、という事実を嘘でかき消した。もしかすると、そうやって現実から目を背けられる時間が、唯一の救いだったのかもしれない。
そんな中、幼馴染みの友達だけが、私の気持ちを理解してくれた。彼女もまた、家庭環境に悩みを抱えていて、明るく周りを盛り上げるけれど、陰ではずっと何かと戦っているような子だった。彼女とは、初めて価値観でつながった友達だったと思う。彼女にだけは本当の気持ちを話せて、少し心が楽になった。
「頑張れって言わないで。」
別れ際、私は彼女に、「一緒に頑張ろうね」と言った。すると彼女は、少し表情を曇らせて
「頑張れって言わないで。」
と言った。
突然の言葉に戸惑った私を見て、
彼女は続けた。
「頑張っても結果が出ないと、しんどいじゃない。報われないのに『頑張れ』って言われると、なんか辛いし、酷な言葉に聞こえる。
だから、頑張れじゃなくて『無理しないで』って言われたいんだ」
そう告げられた瞬間、彼女が抱えている傷の深さが、少しだけ見えた気がした。
きっと今までにも、たくさんの人が彼女に「頑張れ」と言ったのだろう。善意で言われたその言葉が、彼女には冷たく、無責任な響きに聞こえたのかもしれない。私は、無意識に大切な友達を傷つけてしまったことに気づいて、悔しさと、自分の未熟さに言葉を失った。
それから、私は言葉を慎重に選ぶようになった。相手の表情や、些細な感情の揺れを感じ取れるように自然と心掛けるようになった。
目に見えないものほど、大切に
それでも、きっと誰かを傷つけてしまうことはある。どんなに大切に思っていても、その気持ちが真っ直ぐに相手に伝わるとは限らない。言葉が勝手に逸れたり、相手にとって鋭利な角度で届いてしまうこともある。
人は自分の痛みには敏感なくせに、誰かの傷に対しては無頓着で、認識が薄い。
傷付きやすい自分、というものを大切に扱うのは上手で、誰かを傷付けてしまっている、という事実に気が付かないでいる人が多い。
そんな世の中な気がする。
だからこそ、私は思う。自分の痛みばかりを大事にするのではなく、相手の見えない傷を想像できる優しさが、少しでも増えていけばいいのに、と。
「頑張れって、言わないで」。
その言葉を、当時、勇気を出して伝えてくれた彼女に、今でも感謝している。
前向きな言葉が、必ずしも前向きに響くわけではないし、優しさのつもりで伝えた言葉が人を傷つけてしまうこともある。だからこそ、その人が本当に必要としている言葉を、自然にかけられる大人でありたいと思う。
誰かを傷つけたり、傷つけられたりしながら、少しずつ大人になっていく。
そうして私たちは、徐々に、自分自身も他者も大切にできる人になれるのかもしれない。