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#18. 贅沢は、敵でも、悪でもなかった



人間って、本当に贅沢な生き物だ。

人間はいつも贅沢で、欲深い。
冬になれば、寒い寒いと言ってこたつに潜り込み、夏が来れば「あっつい!」と扇風機に顔を押し付けながら涼みまくる。冷房をガンガンに効かせた部屋で毛布にくるまる、なんて贅沢も、今では当たり前になってしまった。日常に溶け込むと、その矛盾にすら気づかない。

「贅沢は敵」という過去の思い込み

幼い頃の私は「贅沢は敵」だと信じていた。我が家は裕福とは言えず、贅沢なんて夢のまた夢。欲を持てばすぐに絶望がやってくる、そんな風に感じていたから、いつも自分の欲望にブレーキをかけていた。欲しいものを我慢することこそが美徳だと信じていたのだ。

それでも、小さな幸せを見つけることは得意だった。朝日が差し込むだけで「今日も無事に生きてるなぁ」と感じたり、祖父からもらった缶バッジをお下がりのバッグにつけて、「私だけの宝物だ〜!」と誇らしい気持ちになったり。振り返ってみれば、物質的には恵まれていなくても、心はいつも満たされていた気がする。

先輩が教えてくれた幸せの捉え方

そんな私が大人になり、働くようになったある日、尊敬する先輩がふとこう言った。

「人間って、ほんと贅沢だよなぁ」と。
「ですよね。何が足りないんだってくらいに」と私も返す。
「でもさ、贅沢だからこそ人間は進化するんだよ。贅沢で感謝を忘れたらダメだけど、ありがたいって思えるなら、我慢するより贅沢に生きた方が絶対いい」

その言葉に、私は衝撃を受けた。今まで抱いていた「贅沢は悪」という信念が、ふっと崩れ去っていった瞬間だった。

そうか、贅沢って悪いことじゃないんだ。むしろ、人は欲を持ち、贅沢を感じることで成長し、未来をより良くしていこうと思える。贅沢が進化の原動力なんだと気付かされた。

ただ、その贅沢が当たり前になりすぎて感謝の心を失ってしまえば、むしろ虚しさが残る。だからこそ、「ありがたい」と思う気持ちを持ちながら、贅沢を楽しむことが大切なんだ。そう思えたとき、私の中に長年あった「贅沢は敵」という価値観が薄れて、新しい視点が生まれた。

贅沢=ありがたいこと

こたつでぬくもりを感じる贅沢、冷房の効いた部屋で毛布に包まれる贅沢、それは単なる快適さではなく、誰かの努力や思いやりがあってこそ成り立っているものなんだと思う。
贅沢は物質的な豊かさを追い求めることだけではなく、自分の周りにある小さなことすべてに感謝し、心を満たしていくことなんだと気づいた。

贅沢を当たり前だと思わず、感謝の気持ちを持つことで、私たちの生活はもっと豊かになる。そして、その「小さな贅沢」を感じるたび、私たちはまた一歩、心の成長を遂げていく。

これからも、贅沢を存分に味わい尽くしつつ、感謝の気持ちを忘れずに生きていこう。

小さな贅沢が、明日の私たちをちょっとだけ幸せにしてくれることを、忘れないように。





                      No.18


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