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「ラジオといるじかん 」Vol.4 その土地に似合うラジオがある / あまのさくや

絵はんこ作家でエッセイストとしても活躍するあまのさくやさんの連載企画「ラジオといるじかん」の第4回。中学生の頃から、あまのさんの生活の中に必ずあり続けてきた「ラジオ」にまつわる話をメインに、出身地の東京と現在の拠点である岩手県紫波町を行き来しながら仕事をはじめ、さまざまな活動を展開する彼女の視点で感じたこと、思ったことを綴っていただきます。今回は、現在のあまのさんの日頃のラジオとの付き合い方と、その中で得た、その土地ならでは季節感についてのお話。地方局ならではの事情や話題の違いも興味深いものです。

「コーヒーゼリーって、世界中で作られているわけじゃないんです。飲むコーヒーを、なぜゼリーにするの?という反応もあるそうです。私はコーヒーゼリー大好きなんですけどね」

 朝、通勤するときは車でラジオを聴く。私のカーオーディオに登録してある局は少なく、ラジオをつけるとIBC岩手放送がかかるようになっている。といっても自宅と職場はかなり近いので、『スズキ・ハッピーモーニング 羽田美智子のいってらっしゃい』という5分番組が始まって終わるくらいまでには到着してしまうのだけれど。今朝はコーヒーゼリーの話題だった。出勤時間は8時30分で、8時25分に羽田さんにやさしく「いってらっしゃい!」と見送られたあと、『武田鉄矢・今朝の三枚おろし』が始まる。羽田美智子さんのうちに到着していれば余裕だけれど、武田鉄矢が始まって、聴き入るくらい聴いてしまっているときはかなり危険な遅刻気味ゾーン。
 
 気になって調べてみると、羽田美智子さんの番組はキー局がニッポン放送、武田鉄矢さんの番組は文化放送だった。お昼どきに同局をかけていたら『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)が始まったかと思えば、『夏井いつきの一句一遊』(南海放送)が流れてくる。今まで私は朝やお昼に聴く番組はもっぱらTBSラジオだったので、他局の番組を聴いてこなかった。東京外のラジオ放送って、局を越えたミックスがあるんだなと思うと新鮮に感じる。
 
 車に乗っていると、ラジオが聴きたくなる。この連載の第一回では、見知らぬ地、夜の山の中を運転中、『たまむすび』をradikoタイムフリーで聴いて心を落ち着けた話を書いた。不安なとき、寂しくなりそうなときは、なじみのある番組を聴く。だけど最近は日中働いているとき、町内を運転しているときはradikoではなく、IBC岩手放送を聴いている。
 
 月曜から金曜は午後1時から4時50分まで『ワイドステーション』という番組が放送されている。おたよりやリクエストを紹介しつつ、間に中継ロケなどもはさみ、アナウンサーさんの軽快なしゃべりとともに進む明るい番組だ。この日、リスナーさんからのおたよりが「近所のかたに“ウルイ”をいただいたので、今夜はそれをいただきます」としめくくられていた。
 “ウルイ”は山菜の一種で、見た目には、緑の部分が多いネギのような、白が多い小松菜のような雰囲気で、クセがないので下味をあまりつけずに汎用性高く使えるもの。私は岩手に引っ越してきてから知ったのだが、この季節は産直スーパーなどでよく見かける。そこから山菜の話に発展し、神山アナウンサーが、「そういえば昨日僕、“ミズ”をいただいたってお話したんですけど、実は“ウルイ”だったんですよ。全然違うのにね」と笑っていた。“ミズ”の見た目がわからず、ネットで検索するとたしかに全然見た目が違っていた。そのあと山菜の天ぷらの話になり、「美味しいよねえ、“コシアブラ”とか“ばっけ”(“ふきのとう”のこと)とか“タラの芽”とか……」「天ぷらにする山菜は、アク抜きしなくても良いんだよね」という山菜トークが続いた。
 
 今のこの季節、山菜ってよくもらうよね、美味しいよね、という「あるある」が岩手の5月なのだなぁ。東京キー局の全国放送を聴いていると、どうしても季節感や食のこと、街の話題は東京の話になり、なかなか山菜の話は出てこない。移住3年目にさしかかってようやく、山菜の区別がつき始めるた私も、天気の話のように、雑談として山菜の話ができるようになってきた。
 
 ある晴れた日中、町内をめぐっていると、水を張った田んぼが見えた。田起こしした田んぼに水を張って、機械で土の塊を細かく砕く作業を代掻 しろかきと言い、そのあとに田植えをする。私の住む紫波町は5月のゴールデンウィークあたりが田植えシーズンで、周囲の人は実家が農家の方も多く、たいてい人手として駆り出されているようだ。職場の連絡ツールでは「連休中の田植え作業ではくれぐれも怪我がないように」と周知されていたのを見た。

 「ここで1曲聴いていただきましょう。NHK東京放送児童合唱団で、『田植たうえ』」。

 ある日の放送で、淡々とそう曲紹介され少し笑ってしまった。曲名、田植って。車の外を見渡せば、昨日雨が降ったせいで、田んぼに張った水が泥っぽく濁っている。天気が良い日が続くと青空が水面に反射してビックリするほど美しいのだ。田んぼに近づくと小さなカエルがぴょこぴょこ飛び回るし、夜はゲコゲコとカエルの合唱が響く。この風景も、ずいぶんと身近になった。

 生活スタイルが変わるとラジオを聴く時間帯も変わり、環境が変われば周りの風景が変わる。その土地に合う音楽やおしゃべりがラジオから流れ、今の私はそれを車で聴いている。来年の今頃には、ラジオで「田植」が流れても、山菜の話題になっても、何も思わずに当たり前に聴いている私になっているのだろうか。

文・イラスト:あまのさくや

【著者プロフィール】
あまのさくや

絵はんこ作家、エッセイスト。チェコ親善アンバサダー。カリフォルニア生まれ、東京育ち。現在は岩手県・紫波町に移住。「ZINEづくり部」を発足し、自分にしか作れないものを創作し続ける楽しさを伝えるワークショップも行う。著書に『32歳。いきなり介護がやってきたー時をかける認知症の父と、がんの母と』(佼成出版社)、『チェコに学ぶ「作る」の魔力』(かもがわ出版)ほか。
SNSは、Twitterアカウント(@sakuhanjyo)、Instagram(https://www.instagram.com/sakuhanjyo/)、また、noteで自身のマガジンも展開中。

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