神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.13
石神井の地霊(池霊)スポットに伝わる
伝説の姫神と蛇体の女神
練馬区・三宝寺池編【前編】
西武池袋線・石神井公園駅で下車。駅南から商店街を通ってさらに南下すると、石神井池(通称ボート池)に出ます。そして池畔の道を西に進むと、道路を挟んで「石神井公園」の西側に展開する三宝寺池エリアがあらわれます。
昭和の戦前に人工的に造られた石神井池に対して、三宝寺池は、武蔵野台地の地下水が湧き出してできた池。その周囲に広がる自然は「三宝寺池沼沢植物群落」として国の天然記念物に指定されています。
つまり、湧水池とともにある武蔵野の原風景を今も保っている場所。自然景観はもとより、文化的景観も含めて興趣が尽きない場です。
おそらく、絵描きにとっても写真家にとっても俳人詩人その他諸兄にとっても、ここはモチーフに事欠かない絶好の場所なのでしょう。そして、神仏探偵+地霊ウォーカーのワタクシにとっても、ここは気になってしょうがない特別なエリアなのです。
三宝寺池の入口で、いきなり謎の観音像と出会う
いい季節です。さっそく歩きましょう。
ややワイルドな植生を見やりながら進むと、いきなりラーメンの赤い幟と往年の駄菓子屋風情の建物が見えてきます。武蔵野への詠嘆をいきなり挫く昭和な光景ですが、ここは知る人ぞ知る「豊島屋」。大正時代創業の由緒ある茶屋です。
個人的には、以前ここで昼間からビールを呑むために集まったこともあるほど、ワタクシ的重要文化財ですが、ここで店内に入ってしまうと一日が終わってしまうため、しばし我慢。実は、その裏からつづく細道に、見逃せないスポットが潜んでいるのです。
赤い幟に「南無観世音菩薩」の文字。グーグルマップに観世音菩薩御堂とあるのがそこです。御堂というより小屋掛けといった建物で、木彫りの観音像が祀られています。
それは一木から材をとった細身の像で、円空仏を思わせるざっくりした彫り跡。しかしながら、慈しみとも苦悩ともとれる表情は、観る者を惹きつけるサムシングがあります。
また、柱には観音の梵字「サ」とともに「疫病退散祈願」と書かれ、像の脇には持ち帰り自由の祈願札が。もうひとつの柱には、「玄関ドアーの内側にお貼り下さい」「ご自身を愛するように家族・石神井の人々を」とのメッセージがありました。
気になるのは、観音像の向かって左の壁に打ち付けられたのっぺらぼう(!)の合掌像です。法衣と赤い頬被りは地蔵菩薩を思わせるものですが、これは一体なんなのでしょう。なお、石神井公園の管理事務所に「観音像はいつから、誰がお祀り(管理)しているのか」を事前に訊いてみましたが、答えられる人はいませんでした。
撮影をしていると、傍らでわれわれを待っているご婦人に気付きました。どうぞと促すと、ご婦人はひとしきりお祈りして御堂を後に……。思わず声を掛けました。
「いつも来られるんですか?」
「はい、ほぼ毎日かな」
おそらく、ここはお寺の僧侶ではない近隣の在家仏教者が営むお堂なのでしょう。
なぜここなのか。いろいろ疑問は尽きませんが、小さな祈りの空間が密かに、確かにここに息づいていました。つい謎解きに首を突っ込む神仏探偵ですが、謎は謎としてこの場に敬意をはらい、観音菩薩の真言「オン アロリキャ ソワカ」を3唱して道に戻ります。
知られざる姫塚のたたずまいにココロ震わす
池畔をめぐらす木道を進むと、浮き洲に低木などの植物が生い茂る光景が広がり、やがてメタセコイアの巨樹がそそり立つエリアに。おお、などと唸りながら進むと、何とも清らかな一画に行きあたります。マップにいう「湧水」です。
まさに湧水のかけ流し。水がこんこんと湧きいずるポイントです。三宝寺池はかつての湧出量がなくなり、地下水をくみ上げて足しているとのことですが、その清冽さは今も変わらず。旧石器の時代からこの地の人々を育んだ石神井の原点を発見した思いです。
この先でいったん池畔を離れ、右手の丘へと向かいます。目指すは、グーグルさんのいう姫塚。ここに足をのばす散策の人は多くはないでしょうが、このポイントこそ、ワタクシのココロを震わせた地霊スポットだったのです。
その一画、地面が突如盛り上がって巨木(シラカシ)を持ち上げ、隠れていた根が無数の大蛇のように顕われ出でて、木のたもとに祀られた神祠がこちらを見下ろしている……。
最初写真で見たとき、その異様な光景に驚きました。
実際のところは、塚状の小丘の頂に祠が安置され、(シラカシの木とともに?)祀られたのち、長年の風雨で表土が流されて木の根が露出した、ということでしょう。それでも、巨木に護られたカミの威容にはゾクゾクさせられます。
脇の石碑にはこう刻まれていました。
「古墳 姫塚 石神井城主豊嶋太郎泰経二女照子姫之塚
文明九年十月六日落城之砌城内三寶池入水落命」
そして、こんな伝説が残されています。題して「金の乗鞍と照姫伝説」。
前段は、華々しく散った豊島氏の当主・泰経のくだりで、後段は父のあとを追って三宝寺池に入水した照姫(照子姫)の悲話。その姫のなきがらを弔うために築かれたのが姫塚だったというわけです。
三宝寺池に鎮まるもうひとつの女神
ちなみに、姫塚の東側近くに「殿塚」もあり、豊島(嶋)泰経の遺骸を葬った塚とされています。ただし、こちらは石碑こそありますが、塚そのものも判然とせず、祠らしきものもありません。
姫塚の存在感にくらべると、悲劇の英雄を葬る殿塚のショボさはどうしたことでしょう。もとより、『北豊島郡誌』の記述でふれているのは姫塚についてのみで、殿塚はありません。とすれば、殿塚はいわば付け足し(後付け?)だったのかもしれません。
なお、史実によれば、歴史上実在した豊島泰経は、石神井城落城のときに亡くなっておらず、翌年平塚城(北区上中里)で再挙したといわれます。とすれば照姫が後を追うはずもなく、そもそも照姫にあたる女性も文献上確認されていないようです。
では、なぜ姫塚がこれほど重要視されてきたのか。
史実はともかく、石神井の人々にとって「三宝寺池に入水し落命した"姫"」の物語が重要だったのでしょう。つまり上の伝説は、三宝寺池に鎮まる女神(姫神)のご由緒、あるいは神話として語り継がれていったのではないか――そうも思うのです。
なお、そんな口承をふまえ、昭和63年(1988)から地域おこしのイベント「照姫まつり」(毎年4月の第4週の日曜)がはじまりました。いわば練馬区を挙げての"照姫推し"です。
さて、池畔の木道に戻りましょう。引き続き反時計回りに歩くと、池上に突きだした小島に建つお社が近づいてきます。厳島神社。かつての弁天堂です。
祭神は狭依姫命(別の名を市杵島姫命)で、神仏習合の説では弁財(才)天に比定され、同じ神とされています。
ちなみに、武蔵野の三大湧水池として知られる三宝寺池、井の頭池(三鷹市)、善福寺池(練馬区)のいずれも弁財天(狭依姫命)が祀られています。インドの水の女神・サラスヴァティ―に由来する弁財天は、そのまま武蔵国に定着したわけですね。
とりわけ三宝寺池のそれは「池霊弁財天」と呼ばれていました。
『江戸名所図会』には、「この池水、冬温かに夏冷ややかなり。洪水に溢れず旱魃に涸れず、湯々汗々として数十村の耕田を浸漑し」とあります。かつて石神井川の主水源とされ、この地を支配した豊島氏は、この水を支配するために石神井城を築いたともいわれています。弁天堂の創建も、おそらく豊島氏の時代だったのでしょう。
秘密の穴弁天に祀られた"池霊"の御神体とは
その"池霊"の御神体が祀られている秘密の場所が、厳島神社向かいの崖面にあります。
その名も穴弁天。厳島神社の奥宮(奥の院)に位置づけられている洞窟です。
まさに石神井の穴場。三宝寺池の地霊(池霊)が鎮まる最重要スポットといっていいでしょう。ところが残念なことに、入口の扉は締まっており、内部は扉の桟のすき間から覗くしかありません。しかも、コンクリートで固められた入口の先、洞窟部分を窺うことはできません。
聞けば、地震により洞窟内が崩落したといい、以前は年一回(4月8日)内部を公開(開帳)していたようですが、最近は開扉することもないようです。
そこで厳島神社の祭祀を兼務している氷川神社(後述)の宮司さんに内部の様子を伺うと、「なかは10メートルじゃきかないほど」の奥行きがあるとのこと。
ますます気になります。さまざまな史資料にあたってみました。
すると、池の名の由来となった三寳寺(後述)発行の本にこう書かれていました。
おお! そういわれれば、ますます気になります。さらに、『東京都神社名鑑』の厳島神社の項にはこう書かれていました。
「往時池底より見いだしたと伝わる蛇体の女神弁財天を安置」
蛇体の女神弁財天――!
それはいかなるお姿なのか。さらに調べると、ネットに洞窟内をリポートした記事を発見しました。気になる方は、このリンクを開いてみてください。
三宝寺池厳島神社 - 東京都練馬区 - 石神井公園の池畔の、霊窟もある神社
さて、来年の巳年に向けて、穴弁天の「蛇体の女神」と結縁したいという貴方。耳寄りな話です。近くの氷川神社では、「宇賀神 木札守」(写真参照)を頒布しています。宇賀神とは蛇体の神のことで、宮司さんが件の蛇体の女神を描き起こした図が木札に描かれているのです。芸術・学問の向上、財運向上のご利益ありとのことなので、ぜひゲット(授与)されたし。
石神井・三宝寺池をめぐる地霊ウォークはまだつづきますが、文字数が尽きてしまいました。筆者一身上の都合で更新は12月の末ごろになりますが、ぜひ後編にもご注目ください。
《次回につづく》
文・写真:本田不二雄
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【著者プロフィール】
本田不二雄(ほんだ・ふじお)
「神仏探偵」として、全国の神仏方面の「ただならぬモノ」を探索することを歓びとするノンフィクションライター。駒草出版の三部作として好評を博した『ミステリーな仏像』、『神木探偵』、『異界神社』(刊行順)のほか、そこから派生した最近刊『怪仏異神ミステリー』(王様文庫/三笠書房)、『地球の歩き方Books 日本の凄い神木』(Gakken)などの単著がある。
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