主役でも脇役でも裏方でも観客でも無くて批評家評論家ばかりの国。
こういう騒ぎになる度に、
私は愕然とする。
いや、
それさえももう馴れた。
この国には、
作り手側が居ないのだ。
ただ無責任な立場から、
いいとこ取りをしようとする。
それは政治家もそれを擁護する側も非難を浴びせる側も同じだ。
主役を演じるには覚悟が要る。
そして努力と愛が要る。
脇役も同じだ。
それらを支える裏方も、
そしてその舞台を応援する観客も。
その行動には全て己の判断に対する責任が生じるのだ。
批評家評論家は、
無形物にとにかくお金を払いたがらない。
責任は棚上げし難癖付ける事で、
まるで自分が何者かになったかのような気分に浸る。
主役を演じる覚悟も主役を演じる責任も持たず、その為の努力もせず、雰囲気だけ気分だけ真似るのだ。
だから、
こんな国なんだと、
だからこんな社会なんだと。
ある者はその責任を厚顔無恥な傀儡に不満だけぶつけ。
ある者は媚びへつらいおこぼれを拾う。
くだらない世界である。
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