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あの日の、タカシマくんのこと。
わたしは吹奏楽部だった。
中学からずっと吹奏楽一筋。朝から晩まで
毎日、楽器を吹いていた。
吹奏楽部にとって、今頃は1年間で最も練習に熱がこもる時期だ。全国大会につながるコンクールがあるからだ。
ただ、今年はコロナの影響で、残念ながら全国的にコンクールは中止とのこと。
あの熱い夏が来ないだなんて、想像できない。
後輩たちのことを想うと胸が痛くなる。
高校時代。同世代にすごく上手なオーボエ吹きの男の子がいた。たしか名前は「タカシマ」くん。
彼は、別の学校だったのだけれど、
すごく上手い子がいると、市内でも評判だった。
地区の吹奏楽コンクールの時に、ほの暗い客席から聴いた彼のオーボエソロが、とても印象的で未だに覚えている。
曲は、たしかイベールの「寄港地」だったと思う。
同じ高校生なの?と思うほど、艶っぽくて、
センスがあって。とにかく純粋に魅了された。
こういう才能ある人が、きっと音楽の道で食べていったりするんだろうなぁ、とぼんやり思った。
それももう、25年も前のはなし。
そんなわたしは、いまも手元にフルートとピッコロはあるものの、もうすっかりあの時のように演奏する機会も無くなってしまっている。
もちろん音楽は、いつもわたしの暮らしの中にあるけれど。
今朝、たまたま地元釧路の友人がSNSでポストしたひとつの演奏動画が、何となく気になった。
それは、オーボエコンチェルトの動画だった。
スッ、と短いブレス。はじめの一音。
柔らかで、しなやかなその音に、
一瞬で釘付けになった。
オーボエソロは日本人の男性で、フィンランドのトゥルクオーケストラの首席オーボエ奏者とのことだった。
軽やかで、のびやかな音色。
心地好い音の粒。
どことなく哀愁を帯びた東洋的なフレージングと、間。
気づいたら最後まで聴き入っていた。
耳の肥えた海外の聴衆の、鳴り止まない拍手にも
鳥肌がたった。
このソリスト。何ていう人だろう。
髙島 拓哉さん、という方らしい。
ふと「タカシマ」くんのことを思い出した。
まさかね。
Facebookをポストした釧路の友人に
何の気なしに、聞いてみた。
同世代で当時、すごく上手い男の子がいたこと。
彼がいまも楽器を続けているかどうかも分からないのに。
ほどなくして、返信がきた。
あぁ、やっぱり。
コンチェルトのソリストは、まさしく
「タカシマ」くん、その人だった。
会ったことも、話をしたこともないけれど、
あの日のタカシマくんは、釧路を離れ、
研鑽を重ね、こんな遠い地で、
いまもこうしてオーボエを吹いていて。
世界中の人に素晴らしい音楽を届け続けていた。
あの夏の日、明るいステージの上から降りてくる
彼の音を聴いて、心の奥に湧き上がった温かい泉のような感情が、蘇ったような気がした。