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小説|白Tの墓場

 甘いものだったよ、若さゆえだ。捜査第二課においてノンキャリアで警視まで昇任した私の大先輩は、夕色に染まった墓石の前でそう言いました。かねてから過去に相棒を失ったという話は聞いていましたが、墓参りに付き添うのは初めてです。
「俺が殺したようなもんさ」と先輩は煙草に火をつけました。かける言葉がありません。「忘れもしない、二十年前の冬。カレーうどん屋に入った。上着を脱ぐと白Tだった。腹が空いていた俺は、構わず食った。相棒は、相棒は汁弾に倒れた」

「銃撃ですか?」と尋ねると「カレーうどんの汁撃だ」と先輩は澄ました顔をしていました。「相棒って?」と訊くと「大事にしていた白Tだ」と大真面目に答えます。聞けば、海に面する丘にあるこの地は、白いTシャツの墓場だといいます。
 ソースや醤油、泥や墨。さまざまな汚れに倒れた白Tたちが、墓石の下にきれいに畳まれているそうです。話を聞けば聞くほど、非番の日にこんなところまでついて来るんじゃなかったと悔やまれました。払っちゃった墓花代を返してほしい。

「失ったものは返ってこない。覆水盆に返らず、汁はね器に返らず。お前には俺のような目に遭ってほしくない」と語る先輩の言葉を右から左へ聞き流します。「すぐ洗えば、わりと汚れ落ちますけどね」という私の言葉は無視されました。
「こいつがまだ生きていたら」と先輩は下を向きます。もし二十年も着つづけていたら、今ごろさぞかしヨレヨレになっていることでしょう。「謝りたかった。守れなくて、すまんと」と先輩は手を合わせます。私は腕時計を見ました。

「俺の罪は消えない」と先輩は声を震わせます。白T一枚で、正気か? そう思いながらも、不憫に思えてきました。いろいろな意味で。「隣の蕎麦屋に入っておけば、こんなことには」と、いよいよ涙を流し始めます。私は肩に手を置きました。
「二十年経ったシミは、消えません。でも、二十年悔やんできた罪は、もう消えているはずです」。そう適当に慰めると、先輩は何度も頷きました。私たちは帰路につきます。罪もシミもどうでもいいけれど、払っちゃった墓花代は償ってほしい。







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小牧幸助|文芸・暮らし
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