大阪市の神社と狛犬 ❽旭区④大宮神社~整形狛犬と穏やか文政狛犬~
大阪市旭区の地図と神社
大阪市には、現在24の行政区があります。淀川のすぐ南側には5つの区がありますが、旭区はそのいちばん東の端に位置します。旭区の東側は守口市と接しています。旭区という名前の由来は、文字どおり朝日が昇る東に位置するからだそうです。
旭区には、八幡大神宮の御旅所を含めて神社が4社あります。大宮神社は、地下鉄谷町線千林大宮駅の西約500mのところに鎮座しています。
旭区の神社と狛犬の紹介は、今回が最後になります。
大宮神社
■所在地 〒535-0002 大阪市旭区大宮3-1-37
■主祭神 応神天皇・神功皇后・姫大神
■由緒 伝承によれば、文治元年(1185)に源義経が平家追討の下向の折にこの地に立ち寄り、宇佐八幡神の霊夢を見て目覚めたところ、梅の古木に霊鏡がかけられていたという。義経はその鏡を奉じて平家を打ち滅ぼし、このことを後鳥羽天皇に奏上して神社建立を許され、この地に「大宮八幡宮」を創建したと伝えられる。摂津誌には「南島神社」と記されている。
秀吉の大坂城築城以来、鬼門守護神として信仰があつかった。明治末期には近隣神社7社を合祀し、明治45年に現在の「大宮神社」と改称される。
狛犬1
■奉献年 弘化二乙巳年九月吉日(1845)
中野村 野々邑氏 善助 取次 家□氏 久右衛門
■石工 不明
■材質 砂岩
■設置 拝殿前
拝殿前に置かれている「弘化二乙巳年九月吉日」(1845)の紀年銘がある砂岩製の浪速狛犬である。愛嬌のある顔立ちで、好感が持てる。よく見ると、向かって左の吽形狛犬に比べて、阿形の表面が白っぽく塗られたように見える。
阿形の鼻の形や、開けた口にズラリと並ぶとがった歯の列も不自然である。これは、かなり補修の手が入っているようだ。
後方に回って尻尾を見ると、補修の跡がはっきりと分かる。
詳しく補修の跡を見ると、阿形狛犬の損傷はかなり大きかったようだ。これだけ丁寧に修復されているのは、これらの狛犬が大切にされている証拠だろう。
ネットで探して見ると、2014年に撮影した阿形狛犬の写真があった。
頭部は顔面を中心に崩壊し、前肢も風化して痩せ細っている。幸い吽形の保存状態がまだよかったので、復元ができたのだろう。阿形の歯列の不自然さの理由は、吽形が口を閉じているためで、ここは想像で作り直したと思われる。
社殿の側から見ると、吽形も、耳や後肢の膝部分が補修されているのがわかる。
狛犬2
■奉献年 文政四辛巳年 九月吉日建立(1821)
願主 大坂 小倉弥右衛門
■石工 □町 泉屋□□□□
■材質 砂岩
■設置 本殿前脇
以前に参拝したときは、令和の大改修で本殿が工事中のため、この狛犬と会うことができなかった。今回出直して再訪する。無事本殿脇に鎮座する文政年間の狛犬と対面できた。
花崗岩製の台座には、「文政四辛巳年 九月吉日建立」(1821)の紀年銘がある。
阿吽とも穏やかな顔つきで、瞳のある丸い目で垂れ耳。阿形は口角を上げて笑い、上下の小さな歯列がのぞく。目はちょっとビックリしたような感じ。吽形は静かに前方を見て坐している。
同じ文政年間や、その前の文化年間の狛犬と比べても、他にこの容貌の類例は見かけない。
台座には石工銘もある。「石工 □町 泉屋□□□□」までは読み取れるが、詳しくはわからない。
少し風化があるが、できるだけ原形を保ちつつ大切に保存してほしい。
境内社
大宮神社には多数の境内社があり、参拝に来る人も多い。先の大改修の際、摂社・高良社より等身大の豊臣秀吉(豊国大明神)坐像が発見され、大阪市有形民俗文化財に指定される。
■稲荷社
旭区は神社が少ないので、今回の大宮神社が最後です。
次回からは鶴見区に移ります。