アジア紀行~ベトナム・サパ④~
サパの夜明け
目が覚めると、辺りはまだ暗かった。カーテンを開けると、たくさんの星が見える。今日は晴れそうだ。
長い間窓の外を見続ける。黒い影だった山の連なりが、やがて姿を現す。
夜明けだ。
山々の稜線がくっきりと見える。空が明るくなるにつれて、山の上に白い雲が漂いはじめた。雲の様子は刻々と変化する。しかし雨を降らせる雲ではなさそうだ。
青空に白い雲。今日は遠出をしよう。
テラスに出て朝食を食べる。サパらしい珍しいものがあるかと思ったが、普通のホテルの朝食だった。これはこれで安心して食べることができる。旅に出ると、昼食が不規則になることが多い。ホテルでの朝食は貴重だ。
カットカット村(Cat Cat Village)
サパの市街地から比較的近い山岳民族の村といえば、カットカット村だ。ここには黒モン族の人たちが暮らしている。
10時、ホテルを出発。サパの町中の道を下っていく。
15分ほどで、村の入口らしきところに到着。ここで入村料を払わなければならない。ところが財布がない! 最悪! 急いでホテルに取りに戻る。今度は上りになるので、25分もかかる。
最初から大きなロスをしてしまった。特に体力のロスがつらい。
10時45分、気を取り直して再出発。
町の通りで、さっき見かけた黒モン族の女性と出会う。彼女のほうも覚えていて、今からカットカット村に行くと話すと、彼女が案内してくれることになった。彼女は手芸品などの土産物を観光客に売るために、毎日サパの町にやって来るという。
町並みを抜けると、左手の谷の向こうに連なる山々が見渡せる。今朝、ホテルから眺めた景色が近づいてくる。
カットカット村に向かう私に同行した女性の名前は、チーちゃんといった。
名前の感じにふさわしい小柄な女性だ。
その後、さらにシュワちゃんという女性が加わって、結局3人でカットカット村に向かうことになった。
彼女たちの年齢は、見かけではわからない。遠慮しつつ尋ねてみると、チーちゃんは27才、シュワちゃんは45才という。
どちらも7kmほど離れたところにあるラオカイ(LAOCHAI)村からやって来たそうだ。
入村料4万ドンを支払って、村への細い道をさらに下る。村の入口のようなところで、彼女たちが脇道にそれたので、ほかの村の人は入りにくいのかと思ったが、彼女たちは背中の籠をどこかに預けて、再び追いついてきた。
谷底まで続くような急な石畳の坂道を下っていく。道の脇に土産物を売る店がある。
山の斜面には、あちこちに美しいライステラスが見える。
道の両側に、黒モン族の人々の家屋が並ぶ。家の前でミシンをかけている人や、刺繍した小物やアクセサリーなどの土産物を売っている人もいる。庭には、藍染めをした布や衣服が干してある。
見かけるのは、みんな女性だった。男の姿は見えない。
気になる子どもたち
村の中には、もちろん子どもたちもたくさんいる。無邪気に遊ぶ子どもたちの姿を見るのは幸せだ。
しかし、黒モン族の子どもたちは、おおむねカメラを拒絶しているように思えた。笑顔でカメラを向けても、いやだとは言わないが、子どもたちの目が笑っていない。よそ者に対する警戒心だろうか。
お年寄りには、ほとんどの場合撮影を断られる。魂を奪われるような気がするのだろうか。
村の中の急な坂道をいちばん底まで下っていく。
道の途中で、女の子が2人遊んでいる。木の枝と葉で家を作っていた。
とても真剣な様子。身の回りにある自然が、子供たちの遊び道具になるのだ。
最後の急階段を降りると、Thuy Tien川に出た。ここが谷底だ。いま下ってきた道をもう一度上ることを考えると、ちょっと気が遠くなりそうだ。
橋の上でチーちゃんたちの写真を撮る。いつの間にか、もう一人黒モン族のおばさんが加わった。
橋を渡って対岸に出る。「Tien Sa」という名の小さな滝があった。川岸に水牛がいる。大きな角だ!
ゆるやかな流れのところでは、子どもたちが遊んでいる。
川べりで遊んでいる子供。アメをしゃぶっている子供。女の子のサンダルは、ここでは珍しくオシャレだ。
緑の山と川、そしてライステラス。日本のどこかにもありそうな懐かしい風景だ。
戻り道
もと来た道を引き返すのかと思っていたら、チーちゃんたちは川沿いの道を行く。一人で来ていたら、きっと迷ってしまうだろう。
600mほど先でもう一度橋を渡る。ここでもう一枚、記念撮影。
さて、ここからが上り道である。サンダル履きの2人は慣れたもので、涼しい顔で歩いている。
一方自分は汗をふきふき、2人のあとを追いかけるように歩く。2人は気を遣ってゆっくり歩いているようだが、こちらは2人の後ろ姿が遠ざからないように必死だ。
途中、何人ものバイクに乗った男性から、「町まで1ドル(2万ドン)」と声をかけられる。魅力的な誘いだが、彼女たちと一緒なので、残念ながら断るしかない。
しかし山道の左右に見渡せる風景は、疲れをフッと忘れさせてくれる。
道はやがて、村への入口の所で合流する。ぐるっと大きく一周したことになる。
2人は預けてあった籠を再び背負い、そこから1km先の入村ゲートを出たところで立ち止まった。そして背中の籠を下ろして、何か買ってほしいと店開きした。
刺繍した袋物の小さなカバンを二つと、口琴二つを40万ドンで買うことにした。彼女たちの顔が笑顔になる。言い値はちょっと高かったが、カットカット村を案内してくれたお礼だと思うことにした。
彼女たちも、ミサンガとブレスレットをプレゼントしてくれる。
昨日もサパの町で買い物をしたので、これでお土産が増えた。
そこからサパの町までいっしょに歩き、2人と別れる。彼女たちは、また新しい客をさがすのであろう。
旅の思い出として、2人との出会いは強く心に残った。これだから旅はやめられない。