奈良国立博物館「聖林寺十一面観音 三輪山信仰のみほとけ」~展覧会#6~
久しぶりの対面
奈良国立博物館に聖林寺の十一面観音がやって来ました。
この博物館での展示は、平成10年(1998)の特別展「天平」以来24年ぶりだということです。たぶん当時の展覧会にも行ったと思いますが、記憶なし。
かすかに覚えているのは、聖林寺に参詣して拝んだことです。それも今は昔。
会期も残り一週間をきった休日の午後、奈良国立博物館にでかけました。
博物館の入口に、聖林寺十一面観音像と法隆寺の地蔵菩薩像の写真がありました。どちらも国宝です。
三輪山信仰のみほとけ
この二体は、実は150年ほど前には同じお寺でまつられていました。その寺の名前は「大御輪寺」。ここは江戸時代の終わりまで、三輪山の麓にある大神神社の神宮寺でした。
明治の初めに、宗教界で大変革が起こります。神仏分離令です。明治政府は日本を神の国として定め、長年の神仏習合の風習を壊してしまいました。弾圧を受けたのは仏教界です。神社の組織を整理する一方で、神社と共存していた多くの寺院が廃絶され、寺宝の仏像なども被害にあいました。
大神神社の神宮寺であった大御輪寺も例外ではありませんでした。本堂だけはかろうじて社殿として残されましたが、塔など他の建物は壊されました。幸い、本尊十一面観音像は聖林寺へ、地蔵菩薩像は法隆寺へ移されました。ですから、この二仏が再会するのは、実に150年ぶりということになります。
大神神社には、ほかにも浄願寺と平等寺という二つの神宮寺がありました。これらも廃寺となってしまいましたが、平等寺だけは曹洞宗寺院「三輪山平等寺」として再興したそうです。
明治初年のこのような出来事に関して、以前こんな本を読みました。
『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』(鵜飼秀徳 文春新書)『神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー』(安丸良夫 岩波新書)
「神仏分離」はともかく、「廃仏毀釈」は明治政府の犯した大きな誤りであったとしか思えませんね。
話がそれましたが、十一面観音像のように、かつての大御輪寺にあった仏たちの何体かが無事であったことは喜ばなければならないでしょう。
神々しい立ち姿
最初の展示室に、すっくと立っておられる観音像。背が高く、お顔はやや厳しく見えます。金箔が残る立ち姿が、抑えた照明の中で神々しく見えます。
さく はな の とはに にほへる みほとけ を
まもりて ひと の おい に けらし も
『自註鹿鳴集 会津八一』
現代人だけでなく、多くの先人たちが、この十一面観音像の美しさに魅せられてきました。
和辻哲郎は「神々しい威厳と人間のものならぬ美しさ」(『古寺巡礼』)と絶賛しました。
白州正子さんの『十一面観音巡礼 愛蔵版』の表紙も、この聖林寺十一面観音像です。
ところが、唯一この像を否定した美術史家がいます。町田甲一氏です。若い頃に読んだ町田氏の著書『日本古代彫刻概説』(中央公論美術出版)や『仏像 その意味と美しさについて』(実業之日本社)を見返すと、天平彫刻の説明の中に、聖林寺の十一面観音像についての記述がまったくありません。その存在さえも紹介されていないのです。
氏の最初の著作である『天平彫刻の典型』の中では、聖林寺の十一面観音像を「俗受けする愚作」と、痛烈に批判しています。また『大和古寺巡歴』では、「天平末の形式化の欠点のいちじるしい二流品」とけなしています。
一方、たとえば同じ天平仏である東大寺法華堂の不空羂索観音像については、「三目八臂の複雑な姿は巧みに処理されて少しも不自然さがない」「仏像の基本的形体として借りられた人体にたいする確実な自然観察にもとづいて、現実にある人間の逞しい胸部を再現している」などと絶賛しています。
町田氏に言わせれば、天平の仏像は、「人体にたいする確実な自然観察」に基づいた「基本的形体」が忠実に再現されなければならないもので、聖林寺十一面観音像は、その規格からはずれるということなのでしょう。
しかし、そのような先入観をいっさい捨ててこの像と向き合ったとき、やはり美しいと感じるのが、万人の普通なのではないでしょうか。
「聖林寺十一面観音 三輪山信仰のみほとけ」に関係する展示は第一室だけで、第二室からは、先日まで行われていた東大寺のお水取りに関係する展示でした。こちらは駆け足で回って、仏像館に移動します。
特別公開 金峯山寺 金剛力士立像
この「なら仏像館」は、メインの展覧会に入場すると無料で見学できます。これまで何度も観覧しましたが、少しずつ展示替えがあり、今回のような特別公開もあって、見応えは十分です。
この二体のみ、撮影可能でした。
吉野にある金峯山寺の仁王門を守る力士像です。像高5mの巨体です。
像内の銘文から大仏師康成の作であることがわかっています。
肌寒い一日、駆け足の奈良行きでしたが、堪能できました。
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