戦慄の午前2時
とある夜でした。初見のように見えるご高齢のお客様がいらっしゃって、お初ですとご挨拶をする間も無く「前に来たんだけど俺のこと覚えてる?」と仰っていたので、ああこれはもう片方の店主が店に立っている時に来たお客様かな?とお通ししました。
すでに飲んでいらしたようで、上機嫌にまくしたてますがなかなか仰っていることが聞き取れません。でも気にするでもなく飲んでいらっしゃるので、にこにこ相槌を打ちながらお酒をお出ししていました。
深夜1時を過ぎた頃でしょうか。そろそろ帰るというのでお会計を済ませていただき、ありがとうございましたと送り出します。少し賑やかでしたがよく飲むお客様だった、と片付けながら洗い物をしていると入口があき「開いてる?」とまたお客様が入って来ました。先ほどのご高齢のお客様でした。
あれ、お帰りになるのやめたんですか?と尋ねますが、返答するでもなくまた上機嫌に、しかし先ほどよりは少し酔った風で、何事もなかったように飲み物をオーダーします。退店されてから15分程度でしょうか、飲み足りなかったのかな?とそのまま請われるままにお酒をお出ししました。
先ほど同様に色々とお話されているのですが、よりろれつが回らなくなっており何を仰っているのかほぼ聞き取ることができません。でも酔い崩れるでもなくお話がよくわからないだけなので、そのまま時折相槌を打ちながら洗い物を進めます。
と、鼻をかみたいからティッシュをくれとのことなので、箱ごと差し出しました。鼻をかんだティッシュは灰皿にでも置いといてくださいねとお伝えしたところ、何かが気になったのかそのティッシュのやり場に困っています。
じゃぁとゴミを受け取ろうと手を出したところ、なんとそのティッシュをお客様は飲み込んでしまいました。正確にいうと、飲み込もうと試みたのですが飲み下せず、喉を押さえて苦しそうにえずき始めました。
顔面蒼白になりました。結構なご高齢の誤嚥事故は珍しいことではありませんが、酔っているとはいえまさかティッシュを飲み込むなんて予想できませんでした。少ししてティッシュを吐き出すことに成功し、結果深刻な事故にはならなかったのですが、ご高齢のお客様に対して気をつけるべき点がこんなところにもあるのか、と胃が絞り上げられるような思いをしました。
その後お客様を送り出し、客席を一通り掃除・消毒をして、閉店時間の午前3時になったので看板の灯りを落とします。と、またドアが開いて、先ほどのお客様が、まるで何事もなかったかのように立ってこう仰いました。
「開いてる?」
忘れられない思い出です。
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