ビリヤニは奏でろ 〜 キマる香りの話
ビリヤニに限らず、エスニック系のレシピではスパイスの話がよく出ます。どんなスパイスをどんな風に使っているのか、というのがメインになるかと思いますが、一つの料理を形作る上で「香り」を司るのはスパイス以外の要素も大きいものです。
ここでいう「香り」とは、鼻から吸い込む香り以外にも、咀嚼したり飲み込んだ後にフワッとくる「風味」のようなものも含んで考えます。あくまで主観的なものですので、考え方の一つの参考例としていただければ幸いです。
香りは音楽
一口に「香り」といってもその種類や特徴も様々ですが、それぞれを楽器に例えて音色のように考えるスパイスマニアは多いように思います。多様な個性から受ける官能やそのビート、またそれらが組み合わさった様はまさにライブセッションとも言えるようなグルーブ感があります。
鳴らしたい音を想像しながら組み立てを考えたり、時にはソロを入れたくなったり、脳内では心地よく音が流れますが、全体としてのまとまりを考える際には少し指標があった方が形にしやすいことが多いように思います。
私が考えるときにはざっくり以下のような3つのカテゴリに分け、トータルのバランスを考えるときの参考にしています。
アッパー系
音で言えば高音系、わかりやすく官能を刺激してくれるハイな要素です。スパイスで言えば、ペッパー・クミン・コリアンダー・グリーンカルダモン・クローブ・アニスなどでしょうか。
また、ケウラウォーターなどのアロマ系、サフラン、L0(火入れの稿参照)のガーリック・ジンジャーを含むハーブ類や柑橘、香りの強いきのこの類などもこれです。華やかさ、刺激、エキゾチックといった雰囲気が当てはまります。ミドル系で決まる香りの軸の上で、彩度のある装飾的な香りを担います。
ある程度の数を揃えると、一気に雰囲気が出て意識を混沌に導きやすくなります。賑やかに行くか、どれかを際立たせるかは選択ですが、例えば特定の香りを目立たせたとしても、その他の要素も多少鳴らして高音域の厚みを確保するとうまくいきやすくなります。以前の基礎編でトッピングを重要要素に掲げたのは、半分はこの理由です。
ミドル系
アッパー系ほどは目立たずに、充実感を押し出す中音域です。料理としての旨さの要であるアミノ酸と糖を後押しするような「美味しそうな香り」を担います。
筆頭はやはり米、とりわけバスマティ米でしょう。また各種オイル、肉・魚といった旨味素材の風味や、L1オニオン・ガーリック、ヨーグルトのようなボディ素材の美味しそうな香りもここに入り、料理全体の香りの方向性を決定づけます。
スパイスで言えばチリ・パプリカ・ナツメグ・マスタードシード・フェヌグリークのあたりでしょうか。他、ナッツやドライフルーツもミドル系です。
ダウナー系
構成を下支えする低音部です。この土台があるからこそ、アッパー系の鳴りが響きます。スパイスで言えば、ターメリック・ベイリーフ・ブラックカルダモン・シナモン、それにL2のオニオン・ガーリックや血の強い肉、また少量であればL3「焦げ」もここに寄与します。
どこか土っぽさや渋さのある深みを想起するような特徴があり、香りのトーンを鎮静の方向に引っ張ります。このダウナー系と、アッパー系の覚醒との同雑居と距離感が、ビリヤニがキマる鍵になります。
香りは記憶
香りの官能のカテゴリに関して分類してみましたが、それぞれのカテゴリで2〜3種類以上の個性の異なる香りを意識すると全体としてまとまりがよくなります。しかしまとまっているだけでは、ハジけることができません。食べ手を涅槃に誘うためには、揺さぶりをかける必要があります。
揺さぶりは、振れ幅と言い換えることができます。50を表現するために50を出すのではなく、時に30や70を織りまぜることで50を中心にしながらも揺れ動くダイナミズムを産み出します。ではどんな要素で揺さぶるかというと、官能・強弱そして記憶です。
官能に関しては、ダウナー系とアッパー系で揺さぶります。アッパー系は比較的こだわりやすいのですが、一段上を狙うために重要なのはダウナー系です。ビリヤニを作る上でフライドオニオンが重要視されますが、特にL2オニオンの質と量はここで効いてきます。また初心者には少し敷居の高いブラックカルダモンも、非常に良い仕事をします。
強弱に関しては、主にホールスパイスを使い、個性も考慮しながら香りの濃淡をちらします。ソースと米を層にするダムビリヤニであればコメとソースがまだらに混じり、また各種のトッピングや、具材などもここに参加します。アロマ系はソースに混ぜても美味しいですが、米側に振りかけることで香りに濃淡をつけることができます。
しかし、もっとも重要と言えるのは記憶の要素です。こればかりは食べ手の個性や経験によるものなので、作り手が一概に決めることはできないのですが、重要なのは想定内と想定外の混在だと思っています。
アハ体験なんて言葉も以前流行りましたが、自分の記憶と相談しながら脳内でぐるぐると模索する感覚は、視覚よりも嗅覚の方がさらに直接的です。親しんだ香りと、親しみの浅い香りや思いがけない要素などで、脳の記憶を揺さぶります。そこに官能や強弱のバリエーションもかけ合わさって、脳内が飽和状態になり、香りの海に溺れてくれればそれはキマっています。
このとき、それなりの数があった方がキマりやすいですが、全ての楽器の鳴りが強いと音量に感覚が麻痺してしまいます。むしろ淡くすることで人間の感覚がより感じやすくなる面もありますので、メリハリは意識するようにした方が良いでしょう。
そして何度も作って何度も食べてを繰り返していると、キマった経験がその都度記憶に定着して行き、最後にはハマった状態になります。これが新たなビリヤニストの誕生です。神々しい瞬間です。
さぁ、「香り」と来たら次は、ということで、次稿では「味」の話に触れたいと思います。
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