伝統を繋ぎ、時代に合わせ進化する極上の味「桜なべ 中江」様
東京都台東区。江戸時代にまでさかのぼると、ここにはかつて吉原(よしわら)という有名な歓楽街がありました。音無川という隅田川へそそぐ川が流れ、川べりの「吉原土手」と呼ばれた堤に沿って飲食店が軒を連ねて、吉原へ繰り出す人々で朝から晩まで大変賑わっていたと言われています。
時は経ち、大きな災害と激しい戦火を経て、町は大きく様変わりしていきました。音無川はやがて地下へ潜り、いまは「日本堤」そして「土手通り」という地名にのみ、川の名残を見るばかりです。
そんな吉原の町と共に100年以上、現在は国の財産である有形文化財となったお店で、地域で親しまれてきた馬肉料理「桜なべ」の味を守りつつ、時代に合わせて新しい風を取り入れ、前進を続けられている「桜なべ 中江」四代目店主の中江白志様にお話を伺いました。
お店のこと
-創業から100年以上続く桜なべ中江様の歴史をお話頂けますか?
うちは明治38年に創業しました。大正12年に関東大震災で燃えてしまい、翌年の大正13年に再建し、その後の昭和20年の東京大空襲を焼け残ったので、今年で築百年目になるんです。
お隣の天ぷら屋の伊勢屋さんも焼け残り、東京都内で昔の建物が二軒並んで残っているのが大変珍しいということで二軒同時に、13~14年ぐらい前に国の文化財(有形文化財)に登録されました。
国としても昔の建物を大事にしたいという気持ちがあるんだったら、それに寄り添って協力した方が良いかなと、なるべく残そうとしています。
-国の文化財ともなると、建築が好きな方が建物を見に来られるのではないでしょうか。また、大変貴重な木材を使った柱があるそうですね。
見に来られる方は多いですね。昔の建物が好きな人も当然いますけれども、建築関係の仕事をしているので、こういう建物が見たいと、建築協会だとか、そういうところで忘年会に使って頂いたりしています。二階に黒檀(こくたん:非常に硬く加工が難しいとされる高級な木材)が使われた貴重な柱がありますよ。
-牛肉や豚肉等と比べると少し珍しい馬肉が、この地で「桜なべ」として親しまれているのは何故でしょうか?
江戸時代の間は「四つ足のものは食べてはいけない」と禁止されていました。明治になってからがらっと変わって、「日本人は肉をいっぱい食べましょう」という政府の方針に変わったんです。その流れで横浜の方で「牛鍋」(神奈川県の郷土料理にもなっているすき焼きによく似た料理で、焼かずに煮て調理したもの)が大ブレイクして、東京で始まったのが桜なべです。
食べると元気になるということから、最盛期には吉原のこの土手通りの界隈には同業のお店が20~30軒ほどありました。それが関東大震災、そして太平洋戦争中にみんな燃えちゃって。うちだけ、たまたま焼け残ったので現在でもやっているという流れなんですね。
昔の吉原は一帯が田んぼの耕作地だったんです。だから農耕馬がたくさんいました。今でも、もうちょっと通りを行ったところに「馬道通り」という名前の通りがあるんですが、馬道ですから、人や物を運ぶ馬がたくさんいたわけですよ。それらの馬が年を経て怪我をしたりすると肉になっていたんです。ここで馬肉の料理があるのは地産地消というわけです。
でも当然、食用で育てているわけじゃないから、今の桜なべと比較したらおいしくないんですよ。今は食用として専用に育ててもらっているので、食材の味わいのレベルは上がっているんですよね。118年前に比べれば飛躍的においしくなっていると思います。
店主様のこと
-明治からの名店を四代目として引き継がれた店主様のエピソードをお話ください。
幼稚園上がる前からここで仕事していたもので修業はしていないです。さすがに小さい頃に肉を切ったりはしていないですが(笑)
その当時だと、「お燗器」というお酒をお燗する機械があるのですが、大きな鍋にお酒を入れたとっくりを入れて温めるようなイメージですね。温度計を見て何℃になったら引き上げる。という作業をずっとしていて、その他にも、なんだかんだといろいろさせられて。
調理に関わり始めたのは、中学生以降かなあ?鍋に入れる野菜のことを「ザク」っていうんですが、ザクをお皿に盛りつけたり、卵を割ったりという作業はもう小学生・中学生からやっていて、馬刺しを盛り付けたりとか実際に肉を触るようになったのは高校生ぐらいからですかね。給料も貰えず、ただただ働かされるから、嫌で嫌で仕方なかった(笑)
大学を出てからは工作機械のメーカーでサラリーマンをやっていました。本社がある埼玉県の川口市の勤務だったときには家から通っていたんです。いちおう上場企業だったので、週休2日制で土日休み、年末年始も休みだったので、平日の仕事から帰ってきてからの夜や土日祝日はお店が忙しかったら手伝ったりできたのですが。
ある時、本社から名古屋支店の勤務になりました。いくらお店が忙しいと言っても名古屋からは手伝いには行けないじゃないですか。なんだかんだ言って冬が忙しいので、12月になって「店に戻って来い」と言われて、急遽会社を辞めてお店に戻って来たんです。
その時、私は24歳だったので、親父が50歳ぐらいだから、親父もまだまだ動けた頃。板場を一緒にやっているような状態ですが、もっぱら私は経理とか経営系の仕事をやっていた形です。専業でお店の仕事をするようになったら、その翌年からもう代表取締役に登記させられて、もう逃げられなくなりました(笑)
今年で60歳になるので、店を継いでかれこれ36年になるんですけど、まあいろんな出来事がありました。バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災に、最近だとコロナです。世の中、全体的に冷え込んだ時期でもあったので、その時にはこの先どうしようかなってことを考えて、今までと違う取り組みをしたり、そういうことに時間を割いたりしていました。
-お店を続けていく上で、店長様が大事されていることはどのようなことでしょうか。
大事にしていることはいくつかあります。まずは百年前から続いている味を壊さないように。私で四代目ですけれども、代々来てくださっているお客さんも当然いらっしゃるわけで、その人たちの思い出の味を壊さないように、いつ来ても懐かしい、おいしい状態が維持できるということに、まず一つ苦労しています。…と同時に、守っているだけじゃしょうがないので、その時代に合わせるような形でメニューの開発をしたりとか、あるいは微妙に味を変化させていくようなことに取り組んでいます。
昔は大家族で兄弟も多くて、一族だけでお店を切り盛りしていたというような時代だったのが、今は当然そういうわけにはいかなくて、自分と血縁関係のない人を雇って仕事をしてもらわなければいけなくなっている。そういう方たちにも居心地よく仕事をしてもらうにはどうしたらいいか?というような労働環境の整備にも取り組まなきゃいけません。お客さんにも、一緒に働いている人にも、当然、自分の家族にも気を遣わなきゃいけない。
地域との繋がりも深くて、「なおらい」ってご存知ですか。お祭りが終わった後の町会や青年部の打ち上げのことで、その会場としてうちを使って頂いています。13~14年前ぐらいかな。吉原の中に最後まで残っていた料亭の「金村(かねむら)」というところを買い取って、うちの別館として活用しているんですけれど、それで吉原の町会の方々ともご縁が繋がっていきました。何か吉原でイベントがある時にはイベント会場の一つとして金村も利用して頂いたり、そういう形で、地域との繋がりというのは強いかなと感じています。
気をつけなきゃいけないことは、たくさんありますね(笑)
-時代に合わせて少しずつ変化しつつ、今までの秘伝の味も守り続けているのですね。
味を変えるというのは、取引先との関係性も関わってきます。うちが残っていても、取引先がなくなっちゃったら仕入れられなくなるわけですから、当然、お客さんやお店のスタッフと同様に取引先との繋がりも大事にしていきたいというふうに思っているんです。でも、こちらではどうこうできないような理由で取引が難しくなったり、お店を閉めなきゃいけない、そんなことがあった時には次を紹介してもらうと、新しい取引先で意外と革新的なことをしていて、食材の質が上がったというような事も多いですね。御社もそうです!
御社と取引するまでは町のお米屋さんから買っていましたが、良い米が仕入れられなくなったりすると、ブレンドしていて味が落ちてしまっていた。それが御社の場合、ブレンドはせず特別栽培米の大潟村産あきたこまち100%ですから。
取引先を変えると味が良くなって、その結果、良い方向に変わっていく。創業当時の118年前と比べると品質は良くなっていると思うんです。
それと同時に、流通も良くなっていますよね。昔だったら(時間が経っていたり、温度管理が良くなかったりして)劣化して届いていたものが、今では鮮度の良い状態で届くから、より良いものが提供できるようになって、どんどん良い形で変わっていってるんじゃないかなと思っています。
御社もそうです。お米がそのまま紙袋で来るわけじゃなく、5kgずつちゃんと密封された状態で届くから、開けるまで鮮度が良い状態が保たれているわけですよ。
…この部分使えるでしょ?(笑)
(一同大笑)
今取っているのは無洗米ですが、無洗米が無い頃は当然うちで研いで提供していました。人力で研ぐよりも、そちらで最初から無洗米の状態にしてもらったほうが良い。米粒は平らではなく凹凸があるけれど、協会のお米は細かいところまできれいにぬかを取り除いているので、ぬか臭さが一切ないんです。そういう意味でも品質は上がっているので、昔よりもおいしくなってるはずなんですよ。
おいしいものを召し上がって頂けるように、こちらの企業努力として取引先を選んでいかなきゃいけないと思っています。定期的にビッグサイトで行われている食品関連の展示会に行くようにしています。何年前か、御社のブースを見に行きました。
…ここ使えるでしょうか?
(一同笑)
馬肉のこと
-食材に関して、大切にされていることを教えて頂けますか。
うちは桜なべという料理をメインで出しているんですが、日本国内で流通している食用馬のほとんどは桜なべ用ではなく、馬刺し用で育てられているんです。馬刺し用の肉を鍋にするとおいくないので、北海道で産まれた馬を、九州の久留米にある契約牧場で通常よりも2倍以上も長い5年~7年かけて育ててもらい、肉質を熟成させて鍋にした時においしくなるようにしてもらっているんです。
-北海道で産まれた馬を九州で飼育することには、どのような理由があるのでしょうか?
牧場には、「繁殖牧場」と「育成牧場」という二種類があるんです。分業されていて、繁殖牧場では仔馬が産まれて、育成牧場で育てているわけです。繁殖牧場は北海道に多く、育成牧場は九州に多いです。育成させた後、食肉処理するわけですが、その食肉処理場は、馬肉に対応している所が北海道にはなくて、でも九州には沢山あるらしいんですよ。
-馬肉そのものには、どのような特徴があるのでしょうか?
肉質の成分的な特徴で言うと、馬肉は牛肉や豚肉と比べて低カロリーで高タンパク、更に低脂肪でコラーゲンと鉄分が多いんです。ところがこの鉄分が酸化して色が変わりやすいんですよ。最初は綺麗な桜色なんだけれど、食べずにおしゃべりに夢中になっちゃって長く置かれると、お肉が黒ずんできちゃうんです。うちでは専門店なので回転が早く出せるから、きれいな色で提供できますけれども、専門店じゃないところの馬刺しとか、周りから色が変わっていっちゃって、結構黒いところが気になったり…。
それぐらい酸化が早いので、初めは大きなかたまりでも、黒ずんだところを切って取り除いていくとだんだん小さくなっていってしまう。
-馬肉は管理が非常に難しそうですね。
そうですね。難しいと思います。だから馬肉専門店はあんまりないのかな?圧倒的に少ないですよね。牛肉や豚肉なら、すき焼きやしゃぶしゃぶ、いろいろチェーン店もありますけどね。
でも馬肉はチェーン店にもできないくらい、やっぱり鮮度管理が難しいと思います。
-馬肉は特に酸化しやすく管理が難しいとのことですが、風味や見た目が損なわれないようどのようなことに気を付けておられますか?
馬肉の特徴として、もうひとつ「水分が多い」ことが挙げられます。これは、冷凍すると風味が落ちやすいということなんです。そこでうちでは真空包装機を導入しています。
また、たまに冷凍の馬刺しで、食べた時にシャリシャリするとか、あるいは溶けてきて赤い汁が出てくるようなものを見たことがあるのではと思うんですが、うちの場合はチルドの状態、つまり生の状態で送ってもらっているのでそういう心配はないです。
-桜なべに使われている馬肉の部位には、どのような種類と特徴があるのでしょうか。
桜なべ用の部位としては、うちは全部で今6種類あります。部位それぞれで特徴が違うので、お客様に食べ比べを楽しんで頂いています。肉質がしっかりした赤身成分が多い部位から、脂が多くて軟らかく食べられるところまで。いろいろです。脂身の甘さで食べるのが牛肉だと思うんですが、馬肉の場合は赤身の肉の旨味を楽しめるので、霜が入っているかどうかよりも赤身を好む人が多いですかね。
桜なべ以外に、ユッケや馬刺しもありますが、それらもどちらかというと脂が少ないです。サーロインとか、あるいはモモの部分を使っているので、さっぱりとして胃にもたれず「いくらでも食べられる」との評価を頂いています。
-部位ごとに全て個性があるかと思いますが、桜なべで一番おすすめできる部位はどれでしょうか?
初めて食べるんだったら火の加減に慣れていなくてもおいしい状態で食べられるヒレとバラがおすすめです。食べ慣れてくると、ロースがおすすめですね。
でも、全部味わいが違うので、うちでは食べ比べしやすいようにハーフサイズを用意して、全種類食べられるようにしています。その中から、気に入ったものをまた注文して召し上がって頂ければ、と思っています。
-馬肉を取り扱っているところは限られますが、おいしい馬肉を選ぶポイントがあったら教えていただけますか。
家庭で食べるんだったら、銀座松屋地下の「フローズングルメコーナー」で売っているものとか、あるいはうちの通販サイトを通して買ってもらうのが一番たしかかなぁ、と…。
中江ではすべてスライスしているので問題ないですが、かたまり肉を購入して自分でスライスする時は「切る目」があるのがポイントです。繊維にそって切っちゃうと切りやすいんだけど食感が硬くなるんですよ。だから繊維を断ち切るような方向で切って頂くと、軟らかく食べられます。これは馬に限らず、牛でも豚でも、かたまり肉を切る時はそんな感じになると思います。たまねぎでも似たようなことを言いますよね。「繊維にそって」、あるいは「繊維を断ち切る」ような形で切ると、切り方によって食感が変わります。それと同じような感じです。
お米のこと
-初めての出荷が1997年、26年となっておりますが、弊社のお米を使って頂いている理由をお伺いしたいです。
四半世紀かぁ。すげえー!!最初はサンプルを貰ったんだったかなぁ。仕入れ始めてから、途中で無洗米に切り替えたんですよ。
細川内閣の時に取引していたお米屋さんが外国産のお米仕入れだしたことがあったのがきっかけです。国産米にタイ米を混ぜてね。30年ぐらい前の出来事ですね。お金ならいくら払ってもいいから、国産米だけ仕入れたいんだけど、とお米屋さんに言っても「もう混ぜてやるしかないから」ってことを言われてしまって。お米が届いたら袋を開けて、タイ米だけはじいて国産米だけにしてから炊いて提供していました。
-混ざっていたお米を選別していたなんて…大変すぎます…。
どれだけやれば茶碗一杯分になるんだろうね?もうどうにもなんない!!それでもやらなきゃいけないから、そうしていたけど。国産米を自分で選別してるタイミングに、それまで取引していたお米屋さんも廃業してしまったので、あきたこまち協会さんが来たのはちょうど良いタイミングだなと思ったんです。「頑張ってお米を作っています」とか、「大手には敵わないから、自分のお米が選んでもらえるように、おいしいお米になるように育てています。」とか…そういったことが、入っていた手紙に書いてあったんです。
じゃあ、普通に流通しているお米よりもきっとおいしいに違いないだろうと思いました。それだけ、自分で作ったお米の味に自信があるってことですからね。実際に試してみたら本当においしかったし、値段もその当時としては若干安かったんですよ。コストダウンにもなって、味が良くなるんだったら、それに越したことはないです。出所もしっかりわかっているお米っていうところも良いと思いました。もうその当時から、現在と同じく、わら半紙に「私が包装しました」のようなことが書いてある印刷物が入っていました。それに載っていた人も、今は相当いい年齢になってますよね。きっと(笑)
-お米の炊き方で、こだわられているポイントをお教えください。
炊き方は、浸漬が20分、炊飯15分、蒸らしが20分。また、新米は水分が多いとか、一般的にはそういうことがあるそうですが、御社の場合「いつもと変わらない水分量で良いです」ということで、去年のお米だから、今年のお米だからと、細かく気にせずいつも通り普通に炊いています。通年、大きな差がないっていうことですね。
あとね、どちらかというと水分量が少ないのかな?パリッとした少し硬めの炊き上がり方になるんです。うちの場合、ちょい硬めが良いんですよ。桜なべはシメに、食べ終わった鍋に卵を入れて、ごはんにかけてたまごかけごはんのように食べるので、あんまりごはんがべちゃべちゃだとおいしくない。丼ぶりに合うような、ちょい硬めに炊いているんだけれども。だいたい水1:お米1.4ぐらいかな。
うちでは握り寿司も作るので、どうしてもそのすし酢に合わせる分だけ水分調整しなきゃいけないというところもあってちょい硬めに炊いているのが特徴ですね。
=インタビュアー実食!=
桜なべの馬肉はほどよい歯応えで、たれにもよく馴染み、おいしかったです。自家製コーラ(画像右のグラス)は、自然な甘さと炭酸感が爽やかでした。
馬刺しは弾力がありつつ、口の中でほぐれて最後はとろける様なおいしさ!馬肉の寿司もショウガ醤油が合い、口の中でとろけます。
あえて硬めに炊きあげられたごはんが、桜なべにとてもよく合います。
“中江で一番”とも言われる鍋のシメ「あとご飯」は、ごはん・鍋のたれ・卵が三位一体となり、最後の一口まで最高においしかったです!
取材:渋間
店舗情報
桜なべ 中江
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