「ノベルツーリズム」で新しい地域プロモーションを巻き起こそう。


 村上春樹の『ノルウェイの森』を初めて読んだのは、大学1年生の頃。

 私は、2013年に市ヶ谷にある大学に入学をした。入学後、最初に行われるガイダンスで、教授から「映画や本から教養を吸収することで卒業後の人生を豊かにする」という言葉を聞き、その言葉に感銘を受けた私は、在学中に色々な本を読もうと決意した。
 まず、初めに手に取った小説は、村上春樹の『ノルウェイの森』であった。この本を一番に読もうと思った理由は、高校生の時に、『ノルウェイの森』が映画化されたタイミングで買ったものの、「読もう」と思ってから3年ほど手をつけられていなかったからだ。
 また、村上春樹を読めば、少しだけ大人になった気分を味わえるからではないかという背伸びした気持ちもあった。

そして、読み始めると、想像していなかった共通点を見つけた。

僕と直子は四ツ谷駅で電車を降りて、線路わきの土手を市ケ谷の方に向けて歩いていた。
彼女は飯田橋で右に折れ、お堀ばたに出て、それから神保町の交差点を越えてお茶ノ水の坂を上り、そのまま本郷に抜けた。そして都電の線路に沿って駒込まで歩いた。

 私の通っていた大学の最寄り周辺が、突如として本の中に登場したのだ。出てくるシーンは、何の変哲もない主人公とヒロインの散歩シーンであるが、自分の通う大学周辺のことについて、事細かく書いていたことに私はとても感動した。そして、私は読み終わったあと、鞄に本を入れ、『ノルウェイの森』の「僕」と「直子」が歩いた道と同じ散歩道を歩き、村上春樹の世界観に浸ったのだった。

聖地巡礼=コンテンツツーリズム

私が本を読んだあとにあと起こしたこの行動は、今でいうと「聖地巡礼」と同じだと思う。
 聖地巡礼という言葉は、2016年に公開されたアニメ映画『君の名は。』の大ヒットにより、物語の舞台の一つとなった地域である岐阜県飛騨市が注目されてから一般的な言葉として浸透した。2016年に新語・流行語大賞にノミネートされており、新しい地域創生のあり方として注目されている。
 また、聖地巡礼の定義として、桃山学院大学が上梓した論文にはこのように記載されている。

聖地巡礼は,正式には,宗教的意義を持つ地を聖地と呼び,その聖地を巡 る行為を聖地巡礼と呼ぶ。本稿で論じる「聖地巡礼」は,コンテンツツーリ ズムと呼ばれる観光行動の一種とされ,同義語として「アニメツーリズム」 と呼ばれる。
先に,「聖地巡礼」はコンテンツツーリズムと述べたが,コンテンツツーリ ズムとは,「地域に関わるコンテンツ(映画,テレビドラマ,小説,まんが, ゲームなど)を活用して,観光と関連産業の振興を図ることを意図したツー リズム」(国土交通省,経済産業省,文化庁[205]49頁)と定義付けされて いる。

 このように、聖地巡礼は様々なコンテンツを活用して、その地域の振興を図るものとされている。特に、ここ最近の動きとしては、上記に記載の通り、アニメの放映により多くの人が訪れる「アニメツーリズム」、そして、映画やドラマのロケ地をたどる「フィルムツーリズム」は一般社団法人やコミッションができるほど地域活性化の手法として取り入れられるある。
だが、「ノベルツーリズム」だけは、全く言葉として存在していないのだ。
映画、アニメと同じように多くの人が親しむコンテンツでありながら、どの地域も目をつけていないのだ。

私は、この「ノベルツーリズム」は地域創生の新たな切り札になると確信している。

現在の地域プロモーションのトレンドとは

地域をプロモーションを行う際、自治体では、下記の3つを中心に行っていることが多い。
 一つ目は、メディアへの掲出である。王道な手法であるが、電車への交通広告や、SNSを使った広告を実施することで多くの人への認知を促す。発信する先のターゲットを細かく設定はできないものの、一度に多くの人へ発信することができるため、手始めに行う自治体が多い。
 二つめは、旅行博への出展である。大都市圏で行われている観光系の旅行博や、海外で行われる旅行博に出展をすることで、直接消費者に宣伝をし、BtoB向けには、商談を行っている。旅行博の出展は、直接来場した人の顔を見てプロモーションできることから取り入れられていることが多い手法の一つである。また、予算の多い自治体になると、旅行博の時期に合わせて自分たちでセールスコールを行うことも多い。
 三つ目は、メディアやインフルエンサー、旅行事業者などを地域に招待し、
視察をしてもらい、地域の様子を発信
してもらうものである。
インバウンドプロモーションでは、「ファムトリップ」や「モニターツアー」と言われることも多い。地域系広告代理店にいた私の実感としても、多くの自治体がこの手法を取り入れている。
 そして、私が考える「ノベルツーリズム」は、3つ目の手法と親和性が高いと考える。

作家を地域に招聘するツアーを敢行

 今のコンテンツツーリズムは、既に作り上げているコンテンツ(完成品)を活用して、地域と絡めプロモーションをしている流れが、主流であると思う。
このように、冒頭に述べた村上春樹同様、既に世の中で刊行されている作品をもとに、発信をしていったり、宮沢賢治や夏目漱石のように「作家ゆかりの地」として地域の魅力を伝えていくのも、十分活性化の一つになると思う。だが、私はノベルツーリズムはそれ以上の魅力があると思う。
 例えば、実際に作家をインフルエンサーやメディア社と同じように招聘をし、地域を巡ってもらい、そこツアーを元に小説を書いてもらうということもできるのではないかと考える。そうすることで、書いてもらった作家のファンや文学ファンは地域に興味を持ち、逆に今まで作家を知らなかった人は作家を知り文学に興味を持つということが起きるのではないかと考える。
 私は、今の日本は、業界同士横の繋がりがとても希薄であると思う。
作家は、本・小説といった枠組みのなかだけでものを完結させようとし、メーカーは自分の商材の中でしか考えていなかったりと、他の業種とのコラボという発想がないように感じる。今でこそ、観光分野においては、「スポーツツーリズム」「コンテンツツーリズム」「アドベンチャーツーリズム」「ウェディングツーリズム」というものが出始め、◯◯×ツーリズムという掛け合わせで地域活性化を行っているが、まだまた日本全体として、異業種同士の掛け合わせというものができるのはないかと考えている。文学業界も、近い業界であるアニメや漫画、映画以外での掛け合わせができるのではないか。
 そして、アニメや映画業界よりも、文学業界はマーケティングの観点が弱いように感じる。文学も、wikipediaによると芸術(アート)の一種という区分がされている。芸術とマーケティングという組み合わせは近年、アートマネジメントという言葉で言われ始めているが、作家も小説を書く時に、マーケティングを意識し、作家を支える編集者も、マーケティングという視点を取り入れながらサポートすることが必要になるのではないか。
 ノベルツーリズムは、マーケティングという視点が必ず必要になってくる。そのため、マーケティングという観点が希薄だった文学業界に新しい風を巻き起こすことができるのではないかと思う。

1億人小説家時代×ツーリズムの掛け合わせ

 私が提言するこの内容は、もちろん多くの懸念点がある。東野圭吾や、村上春樹レベルの著名な作家でないと、そもそも集客力がないのではないか。そして、また、アニメや映画に比べて文学は、集客のパイが少ないのではないかということだ。
 私はこの懸念については、今の文学業界の可能性から払拭できるのではないかと考えている。2020年4月の日経電子版では、文学業界についてある記事が5回に分けて紹介された。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58076700V10C20A4000000/

「一億総小説家時代」――そういっても過言ではない状況が、いま生まれつつある。それをもたらしているのはインターネットだ。

 引用した通り、今、小説を書く人は急増している。自作の小説をネットに投稿し、公開する動きが盛んになっているのだ。小説投稿サイトは、「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」といったサイトが有名であるが、その中でも「小説家になろう」では、72万作品が掲載されており、月間PV数は、25億にも上るそうだ。これらのサイトは、読者と対話をしながら作品を作ることができるため、読者の感想をリアルタイムで見ながら小説をかけることも特徴である。
 そして、このサイトでは人気のある小説を書く人は、小説家ではない一般人でも内容次第で多くの読者がつき、さらに一般人が作家デビューすることもあるのだ。まさに、アメリカンドリームである。
 例えば、このようなサイトと運営している会社と連携をし、人気を博している作家を数名招聘し、地域を題材にした小説を書いてもらう。
 その小説を、小説投稿サイトでも投稿をすることで、多くの読者の目にとまり
地域に足を運ぶ人が増えるのではないだろうか。
 実際、私自身も小説投稿サイトで読んだ本(ファッション業界の話)を読み、主人公の美意識の高さに影響され、読み終わった頃には、ボディスクラブからヘアオイルなど、1万円以上を一気に大量購入したこともある。このように、小説は、アニメや映画と同じように人を動かし、人の行動変容を起こすことができる。 

 ノベルツーリズムは、可能性に満ち溢れていると思う。このようなことができれば、新しい地域創生の手法となり、全国様々なところに、「聖地」ができるのではないだろうか。

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