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落語(32)芭蕉忍-加賀編-

◎奥の細道で芭蕉が訪れた、加賀の願念寺に隣接する通称「忍者寺」こと妙立寺みょうりゅうじーー。実はこのお寺、加賀藩前田家が幕府との戦に備えて準備した要塞ようさいであるとの説があり、事実、寺の随所には敵の目をあざむく為の様々な仕掛けが施されています。当然、公儀隠密こうぎおんみつ(忍者)である芭蕉がこれをみすみす見逃すはずもなく…(?)念のためお断りしておきますが、このお話はあくまでもフィクションですのであしからず…。

芭蕉「(五七五で)おい曾良そらや 腹の具合は いかがかな?」

弟子「(布団に寝たまま)はい、先生。まだ相変わらずシクシク痛みますんで…」

芭蕉「おおそうか まだまだ痛むか そちの腹」

弟子「すいません。せっかく富山で薬をもらったのに、宿を出る時、それをすっかり置いてきてしまったんで…」

芭蕉「腹を病む 曾良そらは富山に 置き**薬」

弟子「先生、うまいこと言わないで下さいよ。あたしは実際苦しいんですから」

芭蕉「おおそうか すまないすまない 許せハラ」

弟子「いや、ハラじゃなくてソラですから。痛いのは腹。あたしは曾良そら

芭蕉「ときに曾良そら 少々気になる ことがある。昨日の句会 終わって寺出る 帰り道」

弟子「ああ、昨日の願念寺で開かれた句会ですか。まあ、あたしは腹が痛かったんで、先においとまさせていただきましたが…あの帰り道で何かありましたか?」

芭蕉「あの寺を 出てすぐ異変に 気がついた。すぐ横の 日蓮の寺の 狭き門」

弟子「ああ、あの辺りはたしかに寺が密集してますからねぇ。我々が訪ねた願念寺の隣りには日蓮宗の寺…えーと、たしか妙立寺みょうりゅうじとか言う寺がありました。あたしも帰り際、『この門、寺の正門にしちゃ随分狭いなぁ』と思いながら帰ってきたもんです。あの寺がどうかしましたか?」

芭蕉「妙立寺みょうりゅうじ あの寺くさいぞ 怪しいぞ。狭き門 敵の侵入 防ぐため。またさらに 寺の周囲に 黒い影。屋根の上 木の上空中 自由自在」

弟子「ええ、あたしも見ました。何かこう黒い物が、たしかにあの寺の周りを飛んでましたよ。でも、あれは多分コウモリだと思うんですが…」

芭蕉「甘いな曾良そら あれはコウモリ なんかじゃない。断言しよう あれは忍者だ 間違いない」

弟子「ええ!?忍者ですか!?そりゃまた、一体全体どういうわけで?」

芭蕉「あの寺は 何か秘密を 持っていて。忍者雇い 常に周りを 見張ってる」

弟子「ええ!?あの妙立寺みょうりゅうじってのに何か隠し事があるっていうんですか?何だろう…坊主が毎日焼肉食べてるとか?住職がめちゃくちゃ女好きとか?実は住職の背中に十字架の入れ墨があるとか?…でも忍者を雇うということは、意外と加賀藩が絡んでるのかもしれないな…」

芭蕉「おい曾良そらや われらは公儀 隠密おんみつだ。幕府へと 牙をむく者 許すまじ。妙立寺みょうりゅうじ 今から行って ガサ入れだ」

弟子「ちょちょちょ待って下さい。あたしも行くんですか?あたしは見ての通り、腹が痛いんですけど」

芭蕉「腹痛はらいたの 一つや二つ 何のその。忍びなら 忍んで忍んで 忍べばよい」

 困った師匠もあるもんで、芭蕉は寝込む曾良そらを無理矢理引きずり起こして疑惑の妙立寺みょうりゅうじへとやってきます。「連れの者が突然腹痛はらいたを起こしたんで少し休ませてほしい」などとうまいことを言い、まんまと寺の中へと侵入しました。

芭蕉「(五七五調で)おい曾良そらや うまくいったぞ わけないな」

弟子「(布団に寝たまま)ええ、先生。寺の人もよほどあたしのことが気の毒に思えたんでしょう。そりゃそうですよ。演技でも何でもなく、本当にあたしは腹が痛いんですから。あ痛たたたたた…」

芭蕉「それにしても なかなか風情の ある部屋だ。手入れよく 糸くずひとつ 落ちてない。(掛け軸を見て)この掛け軸 『南無妙法蓮華経』と 思いきや。よく見ると 『妙法蓮華経』と 書いてある。この生け花も よく見りゃ鉄で 出来ている。(花をつまんで)しかもこれ 切り口鋭利えいりな 刃物かな。これを持ち 敵の胸へと 突き立てる」

弟子「へえー、こりゃ驚いた。その水仙、隠し剣だったんですね。どうりでこの時期に水仙なんておかしいと思ったんですよ」

芭蕉「天井も 低くて刀を 上げられない」

弟子「たしかに、これは明らかに敵が侵入してきた時のことを想定して造られてますね。敵が大上段に構えると、天井に刀が刺さって抜けなくなる。そこをその隠し剣でもってプスッとやるわけですね」

芭蕉「更に更に 花瓶を持つと 床が抜け。どこぞへと 続く階段 現れる」

弟子「へえー。花瓶と床がくっついてて、それを持ち上げると隠し階段が出てくるわけですね」

芭蕉「押入れを 開けても階段 現れる。金屏風きんびょうぶ のけても階段 現れる」

弟子「階段階段また階段と。敵から逃れるための避難経路ですかね。それともただの階段好きか…」

住職「失礼します。その後、具合の方はいかがでしょうか。まだお痛みになりますか」

芭蕉「これはこれは お世話になります ご住職。おかげさまで 安静にさせて もらってます」

住職「人間は何と言っても腹が肝心ですからな。困った時の駆け込み寺。どうぞ心おきなく休んでって下さい」

芭蕉「ときに住職 二三にさん聞きたい ことがあり」

住職「おや、何かご不明点でもございましたでしょうか。では、ちょっと失礼致しまして(部屋に入って座り)…えー、何なりとお尋ね下さいませ」

芭蕉「忍妙法 蓮華経とは これ如何いかに?」

住職「ああ、あの掛け軸でございますね。あれはですね、えー…書き間違いでございますね。おそらく書家が、酒でも呑みながら書いたんでしょう。まあ、忍妙法蓮華経と南無妙法蓮華経ではそんなに大差はないということで、あのままにしております」

芭蕉「左様さよですか ではこの生け花は なぜに鉄?」

住職「ああ、金沢は伝統工芸の町ですからね。その手の職人が多く住んでおります。あれは鉄細工でこさえた水仙に輪島塗りを施しております。ご当地ならではの、さりげない演出でございます」

芭蕉「天井が 異様に低いは これ如何いかに?」

住職「常に謙虚で腰低く、平身低頭しながら生きるようにする為のいましめでございます。こうしておけば人間、上から目線でものを言ったり、無理に背伸びをするということがなくなりますから。まあ、仏の教えでございますな」

芭蕉「では随所に 隠し階段 これ如何いかに?」

住職「いやはや、既にそこまで見られてしまいましたか。これはこれは目ざといお客様で…。これはもう単純に私の運動の為でございまして。と言いますのも、金沢というのはとにかく雨の多い町でして、二三日にさんにち表を歩けないなんてことはザラにあるわけです。そうなりますと、ご覧の通りの老体ですから足腰がすぐに弱るわけです。これでは命も長くないというので、家の中でも万歩は歩けるようにと、あちこちに階段をこさえているわけです」

芭蕉「なるほどね うまく逃げたな ご住職。しかしまだ ここで引くよな 芭蕉じゃない。ご住職 ちょいと失礼 はばかり(便所)へ」

住職「あ、催し物***でございますか。どうぞどうぞ行ってらっしゃいませ。ここを出てこう行ってああ行って、ああ行ってこう行ってこう行くとかわやでございます」

芭蕉「こう行って ああ行きこう行き そう行くか。そう行って ああ行きこう行き どう行くの?」

住職「…もう私がご案内致しましょう。途中で迷子になられても困りますし。なんたってこの寺は、一度入ったら出られないと言われてるくらいの迷路ですから。これ以上、仏さんに増えられても、もう墓地の空きがなくてウチも困るんで…さあさあ、こちらです。私についてきて下さい」

住職「着きました。こちらがかわやでございます」

芭蕉「おお何と 男と女で 分かれてる。右側が 殿方左が 姫君用。ちょい待てよ 殿方姫君 これもしや?加賀藩の 殿姫もここを 使うから?」

住職「またまた旅のお方。やぶからぼうにそんなご冗談をおっしゃって。一体どうしてウチに殿様が来るって言うんですか。まさかウチとお城が地下道で繋がってて、たまには殿様がやってきてここで用を足してるとでもおっしゃいたいんですか?仮にそうだとして、では殿様は何故そのようなことをされるのでしょうかねぇ」

芭蕉「加賀藩は 前から幕府を 警戒し。今もなお 戦に備えと 伝え聞く」

住職「はっはっはっ。ではウチが、その幕府との戦争になった時に兵士たちの基地になったり、あるいは城が攻撃された時に殿様が逃げてくる為の避難場所になってるというわけですね?はっはっは、面白い。旅のお方、なかなかの作家ですなぁ」

芭蕉「現に見よ かわやの中にも 落とし穴」

住職「いや、あれはただの便器ですよ。まあ、落とし穴と言えば落とし穴ですが…落とす物が違いますわな…さあさ、そんなしょうもないことを言ってないで、早く用を済ませたらいかがですか。ささ」

芭蕉「うーんどうも におうぞくさいぞ 怪しいぞ」

住職「かわやですからくさいのは我慢して下さい。ささ、入って、ささ。…ふぅー。あの客人、妙に鋭いなぁ。危うくバレるところだった。この洞察力、ただの旅の者ではなさそうだぞ。すると何者か…まさかウチが加賀藩をお守りする為に造られた忍者寺ということを知っての上で内偵に来たのか…だとすると幕府の手先…まさか公儀隠密こうぎおんみつか?」

芭蕉「(厠内かわやないを物色しながら)松尾芭蕉 実は公儀の 隠密おんみつなり。この寺が 隠す秘密を 暴いたる。はばかりへ 行きたいなどとは 建て前で。さりげなく 家中回って 偵察し」

住職「それにしても公儀隠密こうぎおんみつにしては風体ふうていもみすぼらしいし、とても幕府に雇われているようには見えないがなぁ。いや、しかし待てよ。これはもしかすると、こちらの目をあざむく為の作戦なのかもしれん。だとすれば、かなりの上級忍者だぞ。うーむ、手ごわい刺客だ。これは何としても、あの井戸の存在だけは明かさぬようにせねば…」

芭蕉「(物色しながら)かわやには 怪しい物は 無さそうだ。だとすると 庭に仕掛けが あるのかな?(小窓から外を見て)むむむむむ あの井戸何か ありそうだ」

住職「あの井戸は密かに金沢城と繋がっていて、殿様がいつでも行き来できるような仕掛けになっているんだ。あの井戸の存在だけは何としてもひた隠さねば。さもなければ、わしの首が飛んでしまう。ああ、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。南無なむ日蓮大聖人、お釈迦さま。どうか我に力を貸したまえ、守りたまえ。ああ、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経…」

芭蕉「(小窓を覗きながら)あの井戸が もしや城への 抜け道で。幕府の目 あざむく手立てと なりにしや。だとすれば 庭に出ようか 見てみよか」

住職「うーむ、それにしても長いな。まさか大きい方か?別に腹を押さえるような素振りは見えなかったがなぁ…ちょっと探りを入れてみるか。(戸を叩く音)もし、客人。無事、用はお済みになられましたかな?」

芭蕉「(戸を開けて)ご住職 お待たせしました すいません。今ちょうど そろそろ出ようと 思ってた」

住職「あ、さようでございましたか。これは失礼致しました。いや、あんまり長いものですから、これはひょっとして中で何か不都合なことでもあったのではないかと思いましたもので…」

芭蕉「いやいやいや ご心配には およびません。ただちょっと 小水しょうすいなかなか 出ませんで。忍者寺 だけに出る**のに ひと苦労」


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