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寓話(3)蛙一家と不肖の鷹

 ある山奥の森に、蛙の一家が暮らしていた。

 ある晩、どこからか呻くような声がするので、父蛙が近くまで様子を見に行ってみると、そこにはなんと大きな鷹が横たわりながら、苦しそうにもがいていた。父蛙は、鷹だと思って一瞬息を呑んだが、その辛そうな姿があまりにも哀れに思え、思わず大丈夫かと声を掛けた。すると、鷹は父蛙の顔を見て息も絶え絶えに、

「お願いだ、助けてくれ……」

 と懇願した。

 困っている者を放っておけない性分の父蛙は、きっとこの鷹は怪我をしたのに違いないと思い、なんとかして助けてやりたいと思った。

「わかった。今、薬を持ってきてあげるから、そこを動くんじゃないよ」

 そう言うと、近くの池のほとりから何本か草を摘み取ってきて、それを石の上ですり潰して糊状にし、

「さあ、怪我をしている場所はどこかね? これは薬草だから、今すぐ痛い所に塗るといい」

 と言って鷹に差し出した。ところが、鷹はよほど辛いらしく、自分で薬を塗ることすら出来ない様子。仕方がないので、父蛙が代わりに塗ってやることにした。特に痛む場所はどこかと尋ねると、鷹は腹だと答えた。

(なるほど。きっとこの鷹は、なんらかの理由で飛翔能力を失い、地面に腹から落ちたのだろう)

 父蛙はそう察すると、生薬を塗った手で仰向けになっている鷹の腹を優しくさすってやった。鷹は、なおも苦しそうに呻いている。

「水を飲むかい? それとも何か食べるかい?」

 父蛙の問いに、鷹は無言でかぶりを振った。

「そうかい。まあ、怪我をした時はむしろ食べない方が治りが早い。今晩は、このままここで安静にしてなさい。明日の朝、また様子を見に来るからね」

 そう言うと、父蛙はきびすを返し、鷹のもとを離れていった。

 翌朝、蛙の一家が負傷した鷹の様子を見に行くと、彼は相変わらずそこに横たわっていた。ただし、どうやら峠は越したと見え、昨夜のように呻き声を上げているということはなかった。

「おはよう、鷹さん。具合はどうだい? 夕べはよく眠れたかい?」

「ああ、蛙さんか。昨日はどうもありがとう。おかげさんで、すっかり楽になったよ」

「そうかい、それは良かった。でも、まだ昨日の今日だから無理はしちゃいけないよ。どうだい、朝飯は食べられるかな? 良かったら、うちで皆と一緒に食べないかい?……と言っても、あまり大した物は出せないけどね」

 父蛙の誘いに、鷹はおもむろに立ち上がると、池のほとりにある蛙一家が暮らす家まで歩いていった。食卓には、昆虫や雑草を中心とした母蛙による手製の料理が所狭しと並べられていた。鷹はそれらを軽く頬張りながら蛙一家と談笑し、食事が終わると父蛙の勧めで寝室に通され、再び横になることになった。

「とにかく今は少しでも早く怪我を治すこと。それまでは、ここを自分のうちだと思っていいんだからね」

 心優しい父蛙は、心底から治癒を願い、何の義理もない鷹にいたわりの言葉を掛けた。その甲斐もあってか、その日の昼下がりには鷹はすっかり元気を取り戻した。

「いやあ、あんたらのおかげで、この通り完全復活することが出来たよ。そんなわけで、あまりここに長居するわけにもいかないから、そろそろ俺はおいとまするよ。本当にみんな世話になったな」

 すっきりした顔で起き出してきた鷹がそう言うと、父蛙は安心したようににこりと笑って、それは良かったと言った。そして、この際良い機会だからと、一つだけかねて気になっていたことを質問した。

「ところで鷹さん。今回の怪我の原因は、いったい何だったんだね?」

 すると鷹は、意外な言葉を口にした。

「いやあ、実を言うと怪我じゃないんだよ。夕べ俺が動けなかった理由は、単純にあの直前に獲物を食べ過ぎただけなのさ」

 えっ、と目を丸くする蛙一家に対し、鷹はさらにとどめの一言を突き刺した。

「でも、半日ここで休ませてもらったおかげで、腹もすっかり元通りになったよ。ところで今朝、俺が昆虫と雑草の料理をあまり食べなかったのは何でだと思う? それは後でもっとうまい料理を食べるためさ。じゃあ、一体あれよりもうまい料理とは何かって? ふふふ、決まってるじゃないか……それは、まるまると太ったお前たちのことさ!」

 鷹は蛙一家の理解が追いつかぬ間に、突如としてどう猛な禽獣きんじゅうへと豹変した。そして、間髪入れずにまずは一家の大黒柱である父蛙に襲いかかり、その息の根を止めた。返す刀で、今度は逃げようとする母蛙、次に腰を抜かして小便を漏らしている子蛙のはらわたをえぐり取った。

「ゲップ……ふう、ごちそうさん。やっぱり食事は腹八分目くらいがちょうどいいな。さて、そろそろ行くとするか」

 蛙一家を綺麗に平らげた鷹は、家を出ると大きな翼をバサと広げ、太陽が傾く西の空へ向かって飛び立った。しかし、いくばくもないうちに失速し、半ば落下するかのように地上へと不時着した。

「うっ……く、苦しい……いったい、俺の身体はどうしちまったというんだ……」

 鷹は、突発的に襲ってきた発作にあぶら汗を流しながら目を白黒させた。何か猛毒のようなものが全身を駆け巡っているような気がする。そうしているうち、ついに地面に倒れ込んでしまった。何かにすがりつこうとするかのように、必死に地面を掻きむしる。

「駄目だ、視界が霞んできた……このまま俺は死んじまうのか……」

 するとそこへ、草むらの陰から現れた一匹の老蛙が近付いてきてこう言った。

「おい、お前さん大丈夫かい? 随分と辛そうに見えるが、怪我でもしたのかね」

「いや、そうじゃない……何でだか分からないが、急に苦しくなったんだ……」
「なに、急に? うむ、たしかに顔色も悪いし、汗も凄いな。おまけに痙攣けいれんまで起こしてるじゃないか。お前さん、ひょっとして何か変な物を食べたのじゃないかい?」
「あ、ああ……ついさっき、あんたとそっくりな蛙を三匹食べてきたばかりだ……」
「なに? そりゃあ、まずい。わしらは猛毒を持つヒキガエルだよ。まあ、薬草を用いれば処置出来ないこともないが……残念ながらわしらの仲間を食べてしまったというお前さんを助けることは出来ないな。せいぜい自分が犯した罪を悔やんで、のたうち回るがよい」

 そう吐き捨てると、老蛙は再び草むらの中へ消えていってしまった。

 その場に取り残された鷹はしばらく苦しんでいたが、まもなく息を引き取ったという。
(終)

☆受けた恩を大事に出来ない者には、必ず報いがあるということ。

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