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斎王からの伝言[創作]7
7 幽玄
[幽玄]…奥深くて、はかり知れないこと。趣が深く味わいが尽きないこと。
8月下旬、ミキは京都に来ていた。両親の説得と病院の引き継ぎで、能楽師になると決意してから準備が整うまで半年も掛かってしまったが、目処がついたところで予約した[ヴィパッサナー瞑想10日間コース]に参加するためだった。能楽の修行を始める前に、心身をニュートラルな状態にして、深い瞑想体験を味わいたいと考えていた。
京都は、能楽をまだお稽古ごととして習っていた時に先生に連れられて生徒達と共に数回訪れている。古くは奈良時代に中国から伝わった散楽をルーツとする伝統ある芸能で、室町幕府の足利氏とも深く関わりがあった。どうせなら歌舞伎の元祖といわれている[阿国]出身の出雲まで足を伸ばしたいと思ったが、瞑想に集中するのが今回の目的なので、観光はしないことにした。
瞑想の事を教えてくれたのはエマさんだ。彼女は一度経験していて、どのような感じかを事前に聞いていたので、さほど不安はなかった。
持参しないよう言われる[本、筆記用具、タバコやアルコール類、食べ物、薬物、宗教に関するもの全般、携帯電話]は、お財布と共にコースが始まる前に預ける事になる。寝泊まりする部屋に着替えと洗面用具くらいしか持ち込めない。
洗濯機はなく衣服は手洗いで、脱水機が外に置いてある。石鹸やシャンプー・リンスを持参出来るが香料が強いものはNGなため、洗濯や身体や髪も全て予め置いてある天然のココナッツ洗剤で済ます事も出来る。
決まりごとがいくつかあり、生物を殺してはいけない、喋ってはいけない、運動をしてはいけない、呼吸法やヨガもしない、酒タバコの禁止、男女は交流を持たない等だ。食事も魚、肉は採らず夕方は果物だけ。朝は早く4時起きで、21時半の消灯まで休憩を入れながら10日間ひたすら瞑想をする。夕方には講義も行われ、基本は原始仏教の教えらしい。決まりごとや食事に関しては何ら問題を感じなかった。
現地に到着する前に、指定された駅で待ち合わせをして、ワゴン車で連れて行って貰えた。合宿所は都心から離れた山沿いで、民家も見当たらない隔離されたような場所にあり、横に長広い二階建ての建物と向かいに平屋の食堂、食堂の小道を挟んだ横にシャワー室とトイレが設置されていた。
二階の建物は男性と女性の出入口が別れていて、普段男女は会わずに別々で生活が出来るようになっている。建物の裏手には広い芝生の庭があり、奥には瞑想参加者達をサポートするボランティアの寝所であるコテージがあった。全体的に庭も含め綺麗で清潔感があるなと思った。ここで12日間過ごす事に喜びを感じた。
瞑想は正直辛かったが、そこから得られた感覚は自分の言葉では表現することが難しいくらいに素晴らしいものだった。能の世界と通ずるところがあり、改めて日本の芸能の幽玄さを見直す事が出来た。
「死と正面から向き合う」「肉体の感覚にとことん集中する」この体験して感じた事を早くコウとエマに伝えたいとミキは思った。