【話題沸騰の大著】『物語要素事典』とはなにか?
いわゆる《奇書・鈍器本》製造を連綿と続ける小社のラインナップのなかでも間違いなく最重量級といえる一冊、『物語要素事典』(神山重彦著)。B5判・4段組・1368頁――あまりに規格外な存在感により先日の発表後はSNSで話題沸騰となった本書は、いよいよ2024年10月末に刊行予定です。
本記事では『物語要素事典』の担当編集者(河)が、本書の魔性の魅力を以下熱く紹介します。
【★本書の詳細パンフレットは小社Webページよりダウンロードいただけます】
物語要素事典とはなにか——智識の巨大な結晶
『物語要素事典』とは、文学に限らない古今東西のあらゆる物語を、その〈核となるアイデア〉=「物語要素」ごとに分類し、物語の筋書きを紹介する事典です。
コンセプトは極めて明快ですが、途方もないのは、その徹底的な緻密さと網羅性、それに由来する比類のない浩瀚さ。
本書の編集作業を振り返ると、やはり校正刷の総体がとんでもない物量であったことが思い出されます。校正刷とは本のページ見開きの内容が紙にプリントされたものですが、事典の「あ行」だけでもひと抱え。「か行」だけでもひと抱え。「さ行」だけでもやはりひと抱え。前バージョンとの突き合わせを行うときは、この物量が二倍になります。クリップだけではまとめられないので、段ボールを常用して管理。瀟洒な鞄におさめることはできないので、移動時にはわたしの肩幅を優にこえるリュックサックで運搬。
これをすべて校正するのか、と恐れおののき、汲めども尽きぬ激しい不安にかられつづけてはいたものの、校正を進めるほどに本書の面白さに心踊り、ときによろこびのため息をつき、途方もない研究成果を蓄積されてきた著者への畏敬の念にひそかに打たれました。
著者の神山重彦氏(愛知学院大学名誉教授)は、長年にわたり、この〈物語要素〉を主眼とし研究を積み重ねてこられました。
人類がつくりだしてきた物語世界を、〈物語要素〉という切り口で概観・分析・分類し、それをひとつの書物として著すこと。まるでそれ自体がボルヘスのえがくひとつの夢物語のようですが、しかし決して夢ではありません。バベルの図書館がもしも一冊の書物としてこの世に姿をあらわすことができたとしたら、きっとこんなかたちになるのではないかしらと想像します。夢のように大胆な書物でありながら、その内容はきわめて精緻。地道に、細やかに、アカデミックに築き上げられてきた智識の巨大な結晶が、一冊の書物としていよいよ刊行されます。
物語要素事典の使いかた、愉しみかた
『物語要素事典』があなたの眼前に訪れましたら、函からとりだし、表紙を捲り、ぜひ冒頭の目次を一望いただきたいと思います(目次だけでも15ページ)。ここで一覧されているのが、本書があつかっている1,135に及ぶ〈物語要素〉の数々です(※目次はWebサイトにも掲載)。
あまのじゃく、宇宙人、ウロボロス、時間旅行、手毬唄、人形、密室、未来記、無限……古典的なモチーフから未来的なアイテムまで、神話上の存在からエンタメ的なアイデアまで、多種多様な〈物語要素〉が取り揃えられていることがわかります。気になるものを選んでみるもよし、思い切って冒頭から読んでみるもよし。本文を見てみると、さらに、これら〈物語要素〉の配下にはそれぞれ数個〜十数個の細目が置かれていることがわかります。〈物語要素〉による分類の配下に、具体例として複数の物語のあらすじが説明されるのですが、あつかわれる物語は文学作品に限りません。古今東西の文学、映画、演劇、落語、昔話、歌舞伎、神話、マンガ、都市伝説――さまざまなジャンルの渉猟により「物語」は厳選され、延べ11,000の作品が紹介されます。
改めて言うのも野暮ですが、この事典はまずもって調べものに有用です。たとえば、文学に限らない作品・表象文化研究に携わる方、また作品に関して講義する方々に、この事典の記述が仕事の助けとなる局面がきっと遅からず訪れるでしょう。あるいは、小説や漫画、映像などを制作している方々に。制作が行き詰まったとき、先人たちのアイデアの巨大な積層とネットワークが、新たに生まれ出ようとするものの肩を押してくれるでしょう。
当然ながら有用、便利、役に立つものではあるのですが、それ以上に読みものとしての強烈な愉悦を併せ持っていることもお伝えしておきたいと思います。なんの目的もなくページを捲っているだけで、想像もしないような物語のアイデアがつぎつぎと目に止まります。面白い物語のアイデアを紹介しているのだから、それを知るだけでそもそも面白い。読むことで知識欲がファストに充足されるかと思いきや、不思議なことにむしろ紹介された作品の全体を読んでみたいという欲求にかられ、読みたい本が際限なく増えていく幸福な困難に陥ること間違いありません。
さらに面白いのは、同じアイデアに基づく物語の関係性です。同じ〈物語要素〉に分類されているのだから、似たような話が列挙されているのかというと、実はそうではありません。『物語要素事典』は類話を例示するための事典ではないのです。むしろ、ジャンルも地域も展開も異なる物語が、アイデアという観点からは意外にも共通していることがつぎつぎ判明します。『物語要素事典』を読むことは、互いにまったく似ていないように見える物語のあいだに張り巡らされた、人類の無意識とでも呼ぶべきひそかなトンネルを発見することでもあるのです。
「凝縮」のためのデザイン
冒頭に述べたように、この事典の浩瀚さは類のないもので、一般的な書籍に換算すれば、計算の仕方にもよりますが、おそらく十数冊分ほどの記述量になります。ひとつひとつの作品説明はきわめて簡潔であるにもかかわらず、これだけの分量があることからも、網羅性という意味でのこの事典の大胆さを窺い知ることができます。
この分量を、物理的に一冊に、しかもなるべくコンパクトな一冊にまとめるのは簡単なことではありません。装丁および本文レイアウトを担当いただいたのは、デザイナーの美柑和俊氏(MIKAN-DESIGN)。さまざまな工夫の末、ページあたりの情報量はぐっと増やしつつ、同時に視認性や美しさも兼ねそなえた魅力的なデザインを実現していただきました。
奇妙に聞こえるかも知れませんが、これだけの文章量がたったの1368ページに収まっているというのは、実はすごいことなのです。本文用紙には薄く丈夫な紙を採用し、これにより束幅(厚さ)もわずか7cm未満に収めることができました。編集中には一般的な紙にプリントされていた校正刷の膨大なボリュームを思い起こせば、しみじみとしてしまうほどのコンパクトさです。
さすがに携帯性にすぐれるとまでは言えませんが、実際に手に取れば思いのほか身体になじむことを実感いただけると思います。聞いたところでは、重さはおよそ3kg。この世に生まれ落ちたばかりの子どもと変わらないくらいの重量ですから、無理なく抱きかかえることができると思います(実際には片手で持てます)。
……さらに装丁のうつくしさについても触れたいところですが、今回の記事はこのあたりにしておきたいと思います。刊行を心待ちにしていただければ幸いです。
文:編集部(河)
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『物語要素事典』
神山 重彦(愛知学院大学名誉教授)著
B5判・函入・4段組・1368頁
定価税込28,600円(本体価格26,000円)
古今東西の文学、映画、演劇、落語、昔話、歌舞伎、神話、マンガ、都市伝説――人々の生み出してきたあらゆる物語を、その核となるアイデアごとに分析し網羅する無類の大事典。
時代もジャンルもメディアも異なる物語に、共通する発想が潜んでいる。
物語のアイデアをあまねく拾い上げる、小宇宙のごとき至上の目録。
あまのじゃく、宇宙人、ウロボロス、時間旅行、手毬唄、人形、密室、未来記、無限……
1,135に及ぶ物語要素別に、延べ 11,000 超の作品の筋書きを紹介。
巻末には詳細な作品別索引ならびに作品典拠を収録。
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