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【話題沸騰】ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』(木原善彦訳)訳者あとがき公開

刊行即話題大沸騰!!

無職、肥満、哲学狂、ひねくれ者で口達者な崖っぷち30歳問題児が、借金返済のためしぶしぶ職を求めて就活を開始。ニューオーリンズの街で変人奇人たちと爆笑の大騒動を巻き起こす、全世界200万部超ベストセラー&ピュリツァー賞受賞作の爆笑労働ブラックコメディジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』
デヴィッド・ボウイも愛読したという、アメリカ・カルト文学史上の伝説的傑作である本作は、いったい、どんな内容なのでしょうか?

御参考までに、刊行を記念して木原善彦さんによる「訳者あとがき」を公開します!

埋もれていた本作の原稿が作者の死後に発掘されてベストセラーになるまでの伝説的経緯日本で知られていなかったのが実に不思議な、驚異的な文学的評判の高さ……

ぜひ、本書『愚か者同盟』にまつわる驚愕のエピソードについて以下お読みください。

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『愚か者同盟』訳者あとがき

ピュリツァー賞フィクション部門の歴代受賞作と言えば、古いところではアーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』、ウィリアム・フォークナー『寓話』、アリス・ウォーカー『カラーパープル』などから、新しいところではスティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』、ジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』など飛び抜けて優れた有名作家の作品がずらりと並び、当然のことながら多くが日本語に翻訳されている。
ところが、1981年に同賞を受賞した作品はなぜか邦訳されることもなく、言及されたり紹介されたりすることもほとんどなかった(日本語で読める最も詳しい紹介はおそらく田中有美『生きてゆくドン・キホーテ──日米現代小説における非ロマン主義的受容』〔晃洋書房、2019年〕の第三章に収められている論文だ)。

それがこのジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』(John Kennedy Toole, A Confederacy of Dunces)である。

この作品は、つい最近翻訳が刊行されたばかりの有名なブックリスト『デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊』(ジョン・オコーネル著、菅野楽章訳、亜紀書房、2021年)にも取り上げられているし、イギリスの放送局BBCが2019年に発表した重要小説100選にも、アメリカの放送局PBSのまとめたアメリカ文学傑作100選にも選ばれているのをはじめとして、数々の傑作リスト(特に “笑える小説“ の代表として)の上位にいつも挙がっている。
したがって、今の日本での紹介状況から言えば “カルト的傑作“ かもしれないが、アメリカでは定番と認められているお笑い作品だと言っていい。なので、当たり外れを心配することなく、安心してお読みいただきたい。

この作品には原著刊行の段階から少し伝説的な経緯があるので、そこから話を始めよう。
作者のジョン・ケネディ・トゥールは1937年、ルイジアナ州ニューオーリンズに生まれ(同じ年に生まれたアメリカ人作家にはトマス・ピンチョンがいる)、16歳のときに『ネオン・バイブル』という作品を書いた(出版されたのは『愚か者同盟』が話題になった後の1989年。これは1995年に映画化されている)。
トゥールは地元にあるテュレーン大学を卒業後、コロンビア大学大学院で英文学を専攻、その後、いくつかの大学で教壇に立った。1961年に陸軍に入隊、スペイン語に堪能な彼はスペイン語話者に英語を教える仕事をしながら、『愚か者同盟』の執筆を始め、除隊後にまたニューオーリンズに戻って作品を完成させ、原稿をあちこちの出版社に送るが、出版にはいたらず、失望した彼は旅に出て、その途中で自死する。それが1969年のことだった。

そして1976年、売れっ子作家のウォーカー・パーシーがニューオーリンズのロヨラ大学をたまたま一学期間訪れる機会があり、その際、ジョンの母親のテルマが彼のもとに遺稿を持ち込んだ。
それを読んで惚れ込んだパーシーの尽力によって、『愚か者同盟』は1980年ついに日の目を見ることになった。ルイジアナ大学出版から出た初版はわずか2500部だったが、2014年に特装版が出た時点で24を超える言語に翻訳され、200万部以上が売れている。

なお、この小説はジョン・ウォーターズ、スティーブン・ソダーバーグなどの手で映画化される話が何度も持ち上がったことがあるが、さまざまな理由で最終的には実現していない。舞台化されたものは成功しており、短い紹介映像が動画サイトで簡単に見つかるので、この小説を読むときに登場人物の雰囲気や場面についてのイメージを具体化させるのに役立つかもしれない(confederacy of dunces theater といったキーワードで動画検索)。

では、物語の紹介に移ろう。

『愚か者同盟』の主人公はイグネイシャスという名の30歳独身男性。この作品の紹介者となったウォーカー・パーシーは彼を「太ったドン・キホーテ」と呼んでいる。背丈も横幅も巨大な彼は、幼い頃に父を亡くし、母と二人暮らしをしている。母子ともに働いていないので、家は豊かではない。
イグネイシャスは大学卒業後、大学院に進学、修士号まで持っているが、大学教員として就職するのも難しそうで、無職のまま、家でゴロゴロしている。彼はボエティウスの『哲学の慰め』を愛読する中世主義者で運命《フォルトゥナ》主義者だ。
とはいえ、実際に彼の考えていることを読むとそれほど上等なものでもなさそうなので、この言葉をあまり額面通りに受け取る必要はない。

頭にはいつも耳当てのあるハンティング帽をかぶり、首にはマフラー、上着はなしでフランネルのシャツ、ズボンはツイードと身なりも個性的だ。甘いものとドクター・ナット(地元で人気のソフトドリンク)には目がない。
日々、出演者を罵倒するのを目的にしてテレビや映画を観たり、子供向けのレポート用紙に仰々しいがたわいもない思い付きを綴ったり、風呂場で長時間お湯に浸かって大声で歌を歌ったりしている。口を開けば、出てくるのは皮肉と屁理屈と責任転嫁の言葉ばかりだ(それとげっぷ)。

当然、周囲にそんな人物がいれば誰もが大いに振り回されることになるはずだが、ほとんど家を出ることのないイグネイシャスの影響をこれまで受けてきたのは母親のアイリーン(と隣に住むアニーさん)にほぼ限られていた。
ところがアイリーンは小説の冒頭近くで物損事故を起こして多大な負債を抱え、その弁済のためにイグネイシャスが働き口を探さざるをえなくなる。こうして比喩的にも文字通りにも巨大なトラブルメーカーが世に放たれ、物語は動き始める。
彼はようやく仕事を与えてくれたリーヴィ・パンツ社(ジーンズで有名なリーバイス社と似ているのは名前だけ)でも、パラダイス街頭販売社(こちらはモデルになったとおぼしきラッキー・ドッグという会社が今も実在し、ホットドッグの形をした屋台で営業している)でも面倒を起こし、途中で出会う人物たちが意外な形で絡み合い、大団円に至る。

このように話を簡単に要約すると誤解を招くかもしれないが、本作は一人の変人が方々でトラブルを起こして回る単純なドタバタ喜劇にはとどまらない。周囲を彩る登場人物たちもそれぞれに奇矯で個性的な人ばかりで、物語の展開にも起承転結と必然性が備わっている。ギャグは無数に繰り出されるが、作品の構成や登場人物の数は抑制的なので読者を戸惑わせることはないだろう。

ここまではイグネイシャスの悪口ばかりを並べてしまった。実際、彼はすることなすこととんでもないのだが、同時に社会不適応者として魅力的なオーラを放っている。
個人的には初読の際、似たオーラを放つキャラクターとして、志村けんさんの演じる “変なおじさん“ とローワン・アトキンソンさんの演じる “ミスター・ビーン“ を思い浮かべた。おそらくこれらの奇人キャラに共通する不思議なオーラが、長年作品が愛されている理由だろう。

なお本書のタイトルは、エピグラフに引かれているジョナサン・スウィフトの言葉から来ている。それを本書に直接重ねれば、「主人公が真の天才で、周囲の愚か者どもが同盟を結んでそれに対抗している」という物語のようだが、さすがにそうは読めない。しかし、イグネイシャスには世界がそう見えているのかもしれない。
本書が書かれたのは1960年代で、黒人や同性愛者に対する色濃い差別とそれに対抗する動き、さらにそれを皮肉な目で見る姿勢などが作品中でない交ぜになっている。
女性や高齢者の描かれ方も現代から見れば問題がある。しかし、『愚か者同盟』は人種・ジェンダー・文化をめぐる価値観が大きな渦の中で揉まれていた一つの時代を代表する作品であり、そこでどのような笑いが機能していたかを分かりやすく見せてくれるし、現在のアメリカでも読み継がれていることを考えれば作品の価値は変わっていないと言えるだろう。
アメリカ文学史的には1960年代に、世界の不条理性をグロテスクなユーモアを交えて描く「ブラック・ユーモア派」と呼ばれる存在があった。その少し後に、「ポストモダン小説」という、「ブラック・ユーモア派」と重なるところの多い別の呼称が現れたので、今ではあまり人々の記憶に残っていないかもしれない。
しかしその時期に次々と現れたカート・ヴォネガット、ジョゼフ・ヘラー、ジョン・バース、ドナルド・バーセルミ、ケン・キージー、トマス・ピンチョンらの作風は最初、そのようなくくりで見られていた。
彼らの並びに、同時代に見いだされることのなかったもう一人のブラック・ユーモア派作家がいたとイメージすれば、トゥールの立ち位置が少し分かりやすくなるかもしれない。
ただしトゥールの作品は笑いの方に重点が置かれ、「反戦、反差別、反権力」のような同時代的メッセージが強くなかったので、それが同時代に評価されにくかった一つの理由かもしれない。

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愚か者同盟

ジョン・ケネディ・トゥール 著
木原善彦 訳
四六変型判・552 頁
ISBN978-4-336-07364-8
定価4,180円 (本体価格3,800円)


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